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気づけばレッスン室の前に居た。

そういえばこんな夜はいつでも、私はピアノを弾いていた。






こんな夜だけじゃない。

美しい夜も、満たされた夜も、寂しい夜も、絶望した夜も、私はいつでもピアノを弾いていた。






此処に来るのはあの事故以来だ。

きっと弾けないピアノに向き合っている姿を見られたら、哀しい顔をさせてしまうとわかっているから、彼の前では出来るだけピアノのことなど忘れたふりをした。






ピアノ椅子に座ると、ぎぃとスプリングが軋む音が鳴る。

其の音程はGis






当たり前のように弾ける気がして、右手を鍵盤に乗せてみると、いつの間にか伸びきっていた爪が黒鍵にカチッとぶつかる音がした。

其の音程はE






壁掛け時計の秒針の音はF

遠くから微かに聞こえた車のクラクションの音はAとCisの和音

パキっと壁が軋んだ音はGis






そして、

鍵盤に無理矢理叩きつけた右手から鳴ったのは、汚い雑音






「…っ、」






私の世界は相変わらず音楽で溢れているのに、私の体だけが其れを奏でられない。

取り込んだ音を吐き出すことが出来ずに、息も出来なくなる程に苦しくなった。






ーー着信 内田篤人






不意に左ポケットで震えたiPhoneを取り出すと、表示されていたのは彼の名前だった。

気付かれぬように呼吸を整え、目元を拭えば、私の瞳は驚く程に乾いていて、涙などひとつも零れてはいなかった。






「もしもし」

篤「あ、寝てた?」

「え?」

篤「声掠れてる」

「…あ、うん。寝てた」

篤「悪り。じゃ切るわ」






篤「あ、一個だけ。明日帰りケーキ買ってくけど何が良い?」

「うーん…何でも良い」

篤「何それ。いつもあれがないこれがないって文句言うじゃん」

「全部食べたいから、何でも良い」






篤「…そ。わかった。じゃ、おやすみ」

「…おやすみなさい」






お腹の中からトンっと感じた衝撃は幸福の象徴だった。

彼と私の、幸福の証だった。






無音の世界でも、私は確かに生きているのだと、唯一教えてくれるのは彼だけ。

音の無い明日にも、生きる意味が在るのだと、唯一教えてくれるのはこの子だけ。






「…っ、」






なのに何故、こんなに醜い感情が沸き起こってくるのだろうか。






あの時庇わなければ この右手は…

なんて、決して思ってはいけないことなのに






「……助けて…篤人くん、」






動かぬ右手を握り締め、私は今日も、眠れぬ夜が明けるのをじっと待つーー

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ぶたさんなの。(プロフ) - 昨日、今日と2日間かけて一気読みしました笑とても素敵な作品で浮気疑惑のところはやられたーって思ったりピアノの話になるたび私も練習しないとと思わされます笑 この作品は私の中で大好きな作品の1つになりました。 (2015年7月31日 23時) (レス) id: fb6db84d89 (このIDを非表示/違反報告)
おりん(プロフ) - laizさん、返信ありがとうございました!!ヒロインと内田さんの楽しそうな笑い声が聞こえてきそうなシーン…嬉しいな〜!幸せそうな二人を見れて一安心…ここでスカルのベビー服!?内田さんもイカついの着てましたね!思い出して笑っちゃいましたよー(笑) (2015年6月16日 1時) (レス) id: 865a51165f (このIDを非表示/違反報告)
aquayu(プロフ) - 更新楽しみにしていました!希望の光が見えた瞬間、涙がとまらなくなったのは、私だけでしょうか?この作品、本当に本当に大好きです。 (2015年6月5日 22時) (レス) id: ff637bb026 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - おりんさん» 絶望の涙で泣き明かした夜だけど、この先に光が待っていそうな涙ですよね。思いっきり泣いて、何かが浄化してくれたらいいな。ちょっと足踏みしていた二人の背中を、「しっかりしてよ」と押してくれたのかもしれませんね^^そうそう、先程メッセージを送信しましたよ〜♪ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - すみれさん» 「大好き」のお言葉、動揺していた心に染み渡りました^^ありがとうございました。少し迷っていましたが、ようやく希望の光がさしてきた二人の世界、これからも変わらず執筆を続けていこうと思います。二人の、いや、三人の明るい未来、見守ってあげて下さい^^ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:laiz | 作成日時:2015年2月7日 20時

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