17.Atsuto side ページ17
父「また明日来るからな」
「いいよ。せっかく来たんだから、ゆっくり観光でもして来て?」
面会時間はあっという間に過ぎ去った。
病室内を静寂が包んだのはあの一瞬だけで、どんな名前をつけようだとか、性別はどちらだと思うだとか、やはりそんなありふれた時間を過ごしていると、何ら変わりない日常に戻れるような気がしてきた。
篤「じゃあ、お義父さんたち送ってくるから」
「篤人くん、疲れてるところ申し訳ないけど、何か美味しいものご馳走してあげてね」
去り際、俺にしか聞こえない声でそう言った彼女は、柔らかく穏やかに笑っていて。
やはりもう戻れないだなんて、どうしたら信じることが出来るのだろうか。
篤「ん。」
でも病室から一歩外に踏み出すと、今迄の其れは装られた日常だったのだと実感した。
其処には変えられない現実の景色が
残酷なまでに広がっていたから
『少し横になりましょう。あちらの病室空いていますから』
仄暗い廊下に響く 小さな嗚咽
床に崩れ落ちていたお義母さんは肩を震わせ、看護師に支えられながら連れられてゆく。
その時ようやくわかった。
柔らかい笑顔の中に見た、違和感の正体が。
父「…すまんな。ちょっと待ってやってくれ」
その瞼が朱く、腫れていたのだ。
お義父さんは震える背中をただ見送り、小さく息を吐きながら廊下の長椅子に腰を下ろす。
その表情は今迄見せていたいつもの其れではなく、初めて見た絶望の其れだった。
父「…あいつはピアニストになれなかったんだよ。そこまでの才能が無くてね。
夢を諦めて、私と結婚したんだ」
ガタガタと鳴る呑気な音など耳に入らなかった。
聞こえるのはただ一つ、
絶望に打ちひしがれる優しい声だけ。
父「だからAがピアニストになりたいと言い出した時は、大喜びしてね。凄く、喜んで…。
舞台があれば毎晩遅くまでドレスを縫って、良い講師が居ると聞けば見てくれと何度も頭を下げに行って、遠征の送り迎えだって一度も欠かしたことはないし、初めての発表会から全てビデオに撮ってある。
親として良くないことかもしれないけど、Aに自分の夢を重ねて見ていたんだ」
夢は一人で掴み取れるものではないのだと、辿り着く迄には幾つもの想いが必要だったのだと、
親は誰より近くで見守ってくれていたのだと、
俺も良く知っていた。
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ぶたさんなの。(プロフ) - 昨日、今日と2日間かけて一気読みしました笑とても素敵な作品で浮気疑惑のところはやられたーって思ったりピアノの話になるたび私も練習しないとと思わされます笑 この作品は私の中で大好きな作品の1つになりました。 (2015年7月31日 23時) (レス) id: fb6db84d89 (このIDを非表示/違反報告)
おりん(プロフ) - laizさん、返信ありがとうございました!!ヒロインと内田さんの楽しそうな笑い声が聞こえてきそうなシーン…嬉しいな〜!幸せそうな二人を見れて一安心…ここでスカルのベビー服!?内田さんもイカついの着てましたね!思い出して笑っちゃいましたよー(笑) (2015年6月16日 1時) (レス) id: 865a51165f (このIDを非表示/違反報告)
aquayu(プロフ) - 更新楽しみにしていました!希望の光が見えた瞬間、涙がとまらなくなったのは、私だけでしょうか?この作品、本当に本当に大好きです。 (2015年6月5日 22時) (レス) id: ff637bb026 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - おりんさん» 絶望の涙で泣き明かした夜だけど、この先に光が待っていそうな涙ですよね。思いっきり泣いて、何かが浄化してくれたらいいな。ちょっと足踏みしていた二人の背中を、「しっかりしてよ」と押してくれたのかもしれませんね^^そうそう、先程メッセージを送信しましたよ〜♪ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - すみれさん» 「大好き」のお言葉、動揺していた心に染み渡りました^^ありがとうございました。少し迷っていましたが、ようやく希望の光がさしてきた二人の世界、これからも変わらず執筆を続けていこうと思います。二人の、いや、三人の明るい未来、見守ってあげて下さい^^ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:laiz | 作成日時:2015年2月7日 20時