15.Atsuto side ページ15
「ねぇ、あの男の子は大丈夫?」
篤「何箇所か骨折したらしい。でも、命に別条はないって」
「良かった」
何故彼女なのだろう。
無数に残された傷が、包帯に覆われた右手が、きっと今も泣きたい程に痛むはずなのに、
こんな時でも自分じゃない誰かを想える程に優しい彼女のどこに、いったいどんな罪があったというのだろう。
「松原さんは?怒ってるでしょ?」
篤「…別に?」
「色んな人に迷惑かけちゃったね。会場に来てくれた人たちにも、ちゃんと謝らなくちゃ」
何故彼女なのだろう。
産まれてからの人生を全て音楽に捧げ、色んなものを犠牲にしながら生きてきたのに、
幾つもの挫折の先でようやく掴み取った栄光の中に、いったいどんな罪があったというのだろう。
「手、何だって?」
篤「…、」
罪など一つもないその人に、どうすれば告げることが出来るのか教えてほしい。
篤「…伸筋腱ってゆーのが、断裂してたって」
「 その右手はもう動かない 」のだと、あまりに残酷すぎる現実をどうすれば告げることが出来るのか、誰か俺に教えてほしい。
「断裂…。それってどのくらいかかるのかな。手術したくらいだから、三ヶ月くらいかかっちゃう?もっとかな?」
篤「…」
「そんなに長い間ピアノ弾かなかったら、手が元に戻った頃には全然弾けなくなってたりして。今からちょっと怖いな」
何も言えなかった
俺たちの宝物を守ってくれてありがとう と手を握ることも、
俺のせいだ と頭を下げることも、
何も、出来なかった。
「お母さんの言いつけ破った罰だね。気がついたらね、咄嗟に手で庇ってたの。
ピアニスト失格」
ギシギシと、心が軋む音がする。
「でも、この子が無事ならそれでいい」
幸せの象徴だったはずの彼女の穏やかな顔が、絶望の世界で歪んで見えた。
篤「…っ、」
ただ拳を握りしめることしか出来ない俺を見て、彼女は痛みに耐えながらゆっくりと上半身を起こした。
止めようとする俺に、” 大丈夫だから ”と柔らかく微笑んで。
「目、腫れてる」
そしてぎこちなく動く左手で、俺の瞼をそっと撫でる。
「大丈夫。心配しないで?頑張ってリハビリして、早く良くなるから。
この子が産まれてくるまでに、きらきら星変奏曲くらいは弾けるようにしなくちゃね」
「 その右手はもう動かない 」だなんて
言えるはずがないーー
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ぶたさんなの。(プロフ) - 昨日、今日と2日間かけて一気読みしました笑とても素敵な作品で浮気疑惑のところはやられたーって思ったりピアノの話になるたび私も練習しないとと思わされます笑 この作品は私の中で大好きな作品の1つになりました。 (2015年7月31日 23時) (レス) id: fb6db84d89 (このIDを非表示/違反報告)
おりん(プロフ) - laizさん、返信ありがとうございました!!ヒロインと内田さんの楽しそうな笑い声が聞こえてきそうなシーン…嬉しいな〜!幸せそうな二人を見れて一安心…ここでスカルのベビー服!?内田さんもイカついの着てましたね!思い出して笑っちゃいましたよー(笑) (2015年6月16日 1時) (レス) id: 865a51165f (このIDを非表示/違反報告)
aquayu(プロフ) - 更新楽しみにしていました!希望の光が見えた瞬間、涙がとまらなくなったのは、私だけでしょうか?この作品、本当に本当に大好きです。 (2015年6月5日 22時) (レス) id: ff637bb026 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - おりんさん» 絶望の涙で泣き明かした夜だけど、この先に光が待っていそうな涙ですよね。思いっきり泣いて、何かが浄化してくれたらいいな。ちょっと足踏みしていた二人の背中を、「しっかりしてよ」と押してくれたのかもしれませんね^^そうそう、先程メッセージを送信しましたよ〜♪ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - すみれさん» 「大好き」のお言葉、動揺していた心に染み渡りました^^ありがとうございました。少し迷っていましたが、ようやく希望の光がさしてきた二人の世界、これからも変わらず執筆を続けていこうと思います。二人の、いや、三人の明るい未来、見守ってあげて下さい^^ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:laiz | 作成日時:2015年2月7日 20時