懸想人。 ページ29
耳から首元へと彼の指先が流れるように移動した。
なぞられ、甘い声がする。
あぁ、このままではいけない。
───蕩けてしまう
「もう…だめ、だめ…」
目元が熱くなり、必死に身を捩り、何とか離れることに成功した。そしてすぐにその場にしゃがみ込んだ。
エンマを見れない。見れるわけが無い。
「あ、あのね…エンマ」
「ん」
彼は私の前に回ることはなかった。
静かにその場に座ったような気がした。
「…自惚れてもいいの」
「っ…！自惚れていいのか…？」
私は静かに頷いた。
服が擦れる音。彼は立ち上がったのだろうか。
「なぁ、A」
「うん…？」
「顔、見せて欲しい」
私は少し自身の髪を気持ち、整えてからまた静かに頷いた。
彼は私の目の前に立って、そして座った。
綺麗な瞳。
そしてその瞳には私が映っている。
エンマだ。エンマ。
だいすきな妖怪。
ずっとずっと恋焦がれてきた。
「そんなに見つめられると…」
「すまない…だが、無理だ」
彼の瞳も。いつだって真っ直ぐ輝く瞳。
その瞳が今、薄く涙の膜を張っているのだ。
優しく手を握られ、少し顔が近づいた。
「好きだ」
その言葉一つで私の心を締め上げるのには充分だった。
自然と彼の手を握り返して、引き寄せて。
そして彼を抱きしめていた。
＊＊＊
「A、本当に俺以外にも渡すのか？これは俺が全部貰いたいのだが。…それと…未来の俺に渡す必要あるか？」
紙袋を持ち上げようとすれば、彼は少し口を尖らせて言った。
「だって、いつも妖怪バトルでお世話になってるし…、エンマさんの事も好きだから。…だって未来のエンマだもん」
彼は静かに目を伏せて、「そうか」と呟いた。
「エンマ、…大好き」
「っ！それは卑怯だ！そう言われたら…俺は…」
エンマが口を開いた時、ポフンっと目の前に紫色の煙が出た。
「大王様…やはりこちらに居られましたか…」
「ぬらりひょんさん！？」
突然の登場に驚く私。そして隣でわなわなと震えるエンマ。
「また仕事を放棄しAの元で…」
「あ！ぬらりひょんさん、これいつもお世話になって…」
「あぁ！！ぬらり！！いつも言っているだろう、Aは女性だ！！突然Aの部屋に現れるのはやめろ！」
怒鳴るエンマと説教タイムに入っているぬらりひょんさん。ぬらりひょんさんに渡す予定のマドレーヌは行き場を失っていた。
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