[wrwrd]青に溶ける (ページ5)

今日:3 hit、昨日:3 hit、合計:104,313 hit

３ページ5

期限で挟み式のクリップの色を分け軽く整理してから、我が上司には紅茶と茶菓子を出し、自分は終わっている分の書類を書記長の執務室に持って行く事にした。

お茶を飲むのも上司も嫌いなのでも無いが、態々お茶をするほど疲れているわけじゃないし、凝った体を動かして歩くのも休憩だろう。

執務室の前で一つ息を吐くと、失礼の無い様に控えめにノックをしてから、「エルジュです、入っても宜しいでしょうか？」と扉の向こうに声を投げた。
許可の声が返って来たので、「失礼します」と言いつつ、なるべく静かに扉を開けた。

城内は完璧に空調で心地いい室温が維持されて居る筈だと言うのに赤いマフラーを着用し、銀縁の眼鏡をかけ、髪を奇麗に分けている。今の私達の執務室とは比べ物にならないほど膨大な書類を、最早非人間的なほどのスピードで仕上げている。

着崩したスーツに逃亡が常套の我が上司とは対照的なほど、仕事面できっちりとして真面目な御方だ。

「御執務中失礼します。鬱様の分の諸書類、其れに先日の件の資料と報告書をお持ちしました」

「嗚呼……」

頷くと言うよりも唸る様な声で、書記長は顔を上げた。隈が酷いのはお約束。声の低さと隈の濃さの加減からして3～4徹目と云った処だろう。

さっさと寝ろ、と関係性が薄いのに云って終いそうになるが、其れは此処の補佐官の仕事だろう。余り口出ししすぎるのも宜しくない筈だ。

「済まん、其処置いといてくれ」

「はい」

何時もの事なので、『其処』『あそこ』で通じてしまう。初めは混乱したのだが、今や何ともない。慣れとは恐ろしいものである。

「大先生の分、ッて事は今日は『缶詰の日』か」

「はい。観念なさったご様子で、執務をしていらっしゃいましたよ」

私が強制的に鬱様を部屋に拘束して雑務をさせる日の事を『缶詰の日』と書記長は云う。私の答に書記長はやろうなあ、と少しだけ笑った。

「そうやないと彼奴が期限前に余裕以て書類出してくるわけないわ」

酷い云われようだが事実なので私も否定しないで、曖昧に笑みを浮かべておく。

「済まんけど大先生の事頼むで」

「あの人の手綱など私には握れないでしょうが……お任せください」

物は序でなので、ちょっと濃い珈琲を淹れた。酸味の少し強い豆なので、すっきりすると良いのだが。そう思いながら、温かいポットと注いだ珈琲カップを書記長の机にそっと寄せ、静かに部屋を出た。