うつせみの、君と。

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お父様はそれだけ言い残して、
屋敷を出て行ってしまわれた。

つまり、

お父様が再婚するにあたって、
私が邪魔になった、いうことですか？

やから、櫻井様と結婚しろて・・・


あと一年たたんうちに卒業する女学校は、
やめなあかんのですか？

・・・書生の章大さんは？

ご一緒に行かれますか？


私は嫌です。

ここにおりたい。


章大さんと離れるなんて、
絶対にいや。

胸の中でだけ、渦巻く思い。


気付いたら、
下駄をつっかけて、駆け出してた。


薄紅色の空木(ウツギ)が咲き乱れる垣根の向こう。

停まっていた黒塗りの自動車の後ろの席に、
お父様が乗り込まれるとこやった。


「お父様、待って下さい、」


その声は、風にかき消されて・・・

散り散りになる。


お父様の隣には、
綺麗な女の人が乗ってはったから。


私を見て、
少し驚いた顔をしはったけど、
すぐに、艶やかな笑みを浮かべた。


派手な紅をして、
襟をぬいた鮮やかな色の着物を着てはる。

一目見て、芸者やと分かった。


あんな卑しい身分の女と・・・


生前、お母様がいつも言うてはった。

芸妓は、きらびやかで美しう、
憧れの存在に映っていても、

所詮は、貧しい家の出の娘たち。

お金で売られて来た、可哀想な人達やと。


まさか、あの人が、お父様の新しい妻？


お父様のネクタイを、
慣れた仕草で、直してはる。


微笑み合う二人は、
夫婦にしか、見えへん。


車が遠ざかるのを、
重苦しい思いで、見送ったけど・・・


真っ直ぐに屋敷に戻る気分には到底なれずに。


向かったのは、裏庭の池。


あやめの花の中に架けられた、小さな橋。

子供の折からの、
私のお気に入りの場所。


使用人達の住む、
小さな小屋の窓が、
かすかに見える。


ふう、とため息をついたら、
不安に涙が溢れてきた。

３→←うつせみの君と。(∞・青) 第１章 １

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