大正ロマンス物語

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一度でも触れたら、

二度と戻られへんところまで、

堕ちてしまいそうで・・・


そっと、手を離す。


ともお嬢様も、もう逃げ出すおつもりはないようや。



考えてみれば、

まともに目を見て、口をお聞きするのは、

ともお嬢様が自転車の練習をしてらっしゃった、
秋の夕暮れ以来や。


「悪いことしてるのは、大毅さんの方です」


「悪いこと？」


「私に嘘ついて、
こんな卑猥な場所で遊んではったんでしょ？
芸妓には興味ないて。
そう言うてはったくせに」


みるみるうちに、
涙がその瞳に盛り上がった。

その嫉妬に乱された顔が、
あまりに綺麗で、見とれてまう。


「・・・違います。
人探しをしておっただけで・・・
遊んでたわけやありません。
僕は、花街のおなごにだけは、
絶対に・・・」


手を出さへん、て、

そんな低俗な言葉使うたら、

智花お嬢様はびっくりされるやろうな、て、

一拍置いて、考え直して、


「心惹かれたり致しません」


そう、言い直した。


幾分、落ち着いてこられたんか、
ともお嬢様は、


「どうして、そんなこと、
言い切れるんですか？」


少し、不貞腐れた顔して訊ねはる。


すみれ姉やは、

どんな思いで、
好きでもない男たちの相手をして、

暮らしてきたんやろうか。


それを思うと、胸が詰まって、
うまく、息さえ、出来へんなりそうで。


「花街のおなごは、・・・哀しい」


気付いたら、呟いておった。


「・・・大毅さん？」


「すいません。
何でもないです」


「人探しってどなたを探してはったんですか？」


「大学の友人です。
明日、引っ越すというのに、
貸したまんまの本があって。
ここでよう遊んでるから」


「そうやったんですか・・・
けど、大毅さん、いつも、
こういうところに通うてはるて。
お父様がおっしゃってました」


「それは旦那様が勘違いなさってるんです」


「ほんまに？」


「ほんまです」


どうしてやろう。


智花お嬢様には、ほんまのことを知られたらあかんと思うた。

可哀想や、と、思われたなかったんかもしらん。

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