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Aはひとりぼっちです。
僕が交番に届けなくても、あのベンチに居続けていたら何れ独りになっていたでしょう。
当然、家族から貰ったものは少ないです。
Aには授けられた名前しか残っていません。
産みの母からの、最初で最後のプレゼントです。
きっとこれから、たくさんのことを享受して成長していくはずでした。
もっとたくさんの愛情を胸いっぱいに抱きとめるはずの幼子が、どうして絶望を知ることにならないといけないんでしょうか。
これじゃあ、あまりにAが惨めです。可哀想です。
そんな時、僕の話からAのことを知った叔父と叔母が、ぜひ自分たちが引き取りたいと名乗り上げてくれました。
これであの子は救われる。
温かい食事に、心優しい新たな両親。毎日お風呂に入れるし、ふかふかの寝床もある何不自由ない生活は、Aにとっても僕にとっても、救われる事だと思いました。
本気で、そう思いました。
良かれと思ってやったのがいけなかったんでしょうか。
叔父と叔母に引き取られて間もない頃、Aの精神は酷く不安定でした。
張り詰めた一本の糸を切れないように必死に掴んで離さないようにして立っているような、そんな危うさがあったんです。
そんなAが心配で、よく顔を出しては彼女を笑わせるために必死でした。
読み書きを教えてあげたり、叔父と叔母からプレゼントされたおもちゃで遊んであげたり。
思いついたことを片っ端からやりました。
ある日、Aは家から飛び出しました。
連絡をくれた叔母が声を震わせながら何か言っていたけれど、そんなことを聞く余裕はなかった。
長距離を走った後のように心臓がバクバクと忙しなく動いて、脈打つような頭痛が警鐘を鳴らす。
暗く寒い中を必死に探し回りました。
どうして自分が赤の他人だった子供にこんなに入れ込んでいるのかと、どこか他人事のように考えることもありました。
でも、目の前で蹲る小さな存在を再び目にして、やっと分かった気がする。
おかあさん。おかあさん。おかあさん。
壊れたロボットのように、幼い少女が母を求める声が繁華街に寂しく響いていました。
張り詰めていた一本の糸をぷっつりと千切られてしまったAはボロボロと涙を零しながら母を求め続けるんです。
おかあさん、おかあさん、はやくむかえにきてよぉ、ひとりはやだよぉ。
そう言って泣いて泣いて、泣き続けるAに、僕はただ傍に座り込むことしかできませんでした。
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なしつぶて(プロフ) - 名無しさん» 名無し様はじめまして、コメントありがとうございます。主催の片割れのなしつぶてと申します。今作品を楽しみ、テーマの根幹や凝ったところにお気づきいただけたこととても感激です、ありがとうございます! ぜひ何度も楽しんでください(๑╹◡╹) (2021年12月30日 23時) (レス) id: 2923115121 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - ネットの広い海の中、こうしてこのような素敵な企画、小説と出逢えたこと、本当に嬉しく思います。ずっと読み返します…!ありがとうございました!(長いこと失礼しました…) (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - タイトルとストーリーの繋がり、Q編からの考察など読み終わった後にもこうして楽しむことができる…企画の制度も面白いですし今までにない形ですごく興味をひかれました。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 正解はひとつではないし正解ですらないのかもしれない、と不思議な発見を突きつけられました。未だすごく深く自分の胸元に刺さっています。それはもう、余興だけでも鳥肌が立つ程に。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 1週間、このA編を心待ちにさせていただいていた読者のひとりです。素晴らしい企画と物語、本当にありがとうございました…!作り込まれた世界観と作者様方の綺麗な表現法、QuestionとAnswerが溶け合って混ざり合っていく様で、 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
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