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脳裏には先日の光景が蘇っていた。
まふくんの傍に居たのは私のはずなのに。ずっとこれからだったのに。私の居場所が取られたみたいで、置いていかれたようで、目の前の現実を受け入れられなかった。
「A、どうしたの?具合悪い?よく見たら目の下の隈、濃くなってるし。寝れてないの?」
心配そうにするまふくんの声に意識が現実に引き戻される。ハッとして慌てて首を横に振るが、まふくんは不服そうに顔を顰めて訝しげな視線をこちらに向けた。
どうにかして話を逸らそうにも、既にパンクしそうな程の激情が頭の中を巡って思考を鈍らせるだけだった。問いだそうとする視線から逃げるように顔を伏せた。
その時、マグカップを握る手が無意識のうちに震えていることに気づいた。誤って落とさないように両の手でしっかりと掴んでも、手汗がじんわりと滲んできて意味をなさなかった。
ローテーブルの上に置かれた和菓子を口に運んでも、きっと美味しいそれは口の中でほろほろと崩れるだけで味がよく分からない。
「ねえ、A。」
「ぇ、あ…もしかして今食べちゃった和菓子、まふくんも食べたかった?ごめん、先に聞けばよかった…」
「A、」
「そう、まふくん聞いてよ!天月さんね、この前何も言わないで1番大きいサイズのポテト頼んだの!おかげで夜ご飯前だったのにお腹いっぱいになっちゃってさー、」
「っ…A!」
突如、部屋の空気を緊張させる荒々しい声が響く。反射的に背筋がピシャリと伸びて、まるで叱られる前の子供のように縮こまった。
どんな顔をしているだろう。怒っているだろうか。それとも、またあの冷たい何かを含んだ端麗な顔をしているだろうか。恐る恐る顔を上げて、拍子抜けした。
微笑んでいる。
そう、まるであの時のように、私の緊張を解すために浮かべてくれた微笑みが、荒んだ私の心をその温もりでゆっくりと癒してくれるような、そんな感覚が身に浸透して、涙が零れた。
「何がそんなにAを苦しめているの?この間、天ちゃんと2人で話してた内容と関係してるのかな。僕には話せない?…それとも、僕はもう頼りない?」
まふくんの言葉に否定するように首を横に振った。
そんな事ない、まふくんは私を救ってくれた恩人で大切な人だから1番頼りになるんだ、と。
私に近づいたまふくんは、幼子に言い聞かせるように「じゃあ話、聞かせてくれる?」と頭を撫でてくれて、ただ聞かれるまま私はこくん、と頷いた。
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なしつぶて(プロフ) - 名無しさん» 名無し様はじめまして、コメントありがとうございます。主催の片割れのなしつぶてと申します。今作品を楽しみ、テーマの根幹や凝ったところにお気づきいただけたこととても感激です、ありがとうございます! ぜひ何度も楽しんでください(๑╹◡╹) (2021年12月30日 23時) (レス) id: 2923115121 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - ネットの広い海の中、こうしてこのような素敵な企画、小説と出逢えたこと、本当に嬉しく思います。ずっと読み返します…!ありがとうございました!(長いこと失礼しました…) (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - タイトルとストーリーの繋がり、Q編からの考察など読み終わった後にもこうして楽しむことができる…企画の制度も面白いですし今までにない形ですごく興味をひかれました。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 正解はひとつではないし正解ですらないのかもしれない、と不思議な発見を突きつけられました。未だすごく深く自分の胸元に刺さっています。それはもう、余興だけでも鳥肌が立つ程に。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 1週間、このA編を心待ちにさせていただいていた読者のひとりです。素晴らしい企画と物語、本当にありがとうございました…!作り込まれた世界観と作者様方の綺麗な表現法、QuestionとAnswerが溶け合って混ざり合っていく様で、 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
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