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──────話を辿れば数年前になるだろうか。
俺が今の婚約相手を見つけたのは小さなライブハウスでの事だった。幸せそうに俺のメンバーカラーのペンライトを振るその女の子は誰よりも可愛く見えた。顔が可愛いとかそんな事よりも何となく「あぁ、こんな子と一緒になりたい」と邪な思想いを馳せていた。
当然、リスナーと活動者の関係以上を持つ訳にもいかないのでそんなことは何も言わずに、またいつかライブで出会えることを楽しみに待っていた。
少しずつ大きくなっていく会場に、見慣れた顔もどんどん無くなって行き、次から次に初めて見る顔が何十人、何百人、何万人と居た。
けれど、昔と変わらず幸せそうな顔で笑う彼女を見つけた時、ずっとその顔を見続けた時。気付けばどこの会場でもそのリスナーの姿を探すようになっていた。
幸せそうなその子の顔を見るだけで満たされていた気持ちは、ある日を境にガラリと変わった。
偶々訪れたレストランに、彼女は居た。ハキハキと注文を受け答えており、俺の姿を瞳に捉えた瞬間、その声が上擦ったものに変わった。彼女は最後まで一貫して俺の事を「センラさん」と呼ぶことは無く「お客様」と呼んでくれて、二人で出掛けている間もずっと俺の歌い手としての活動は何も触れてこなかった。彼女からすれば彼女自身がリスナーである事を気付かれていない為、気付かれないように接して居たのだろう。適切な距離感を保とうとする彼女であったが、俺の方が彼女のことを見ていたので彼女に気付かないはずが無かった。
「A、センラーやろ?」
「……っえ?」
交際を初めて数ヶ月経ったある日、彼女にセンラーである事を問うてみたら、困惑の後にすんなりと認めていた。
まぁ、今となってはそんな話も懐かしい。
ずっと「あんな子と一緒になりたい」と思っていた相手が、俺の左薬指に光るダイヤと同じ輝きを左薬指にはめている。
「A、愛してる」
「……私も。センラさんがずっと好きだったし、これから先もずっと大好き。あ、愛して……る……」
頬を赤く染めながら俯く彼女は誰が見ても分かるように照れている。誰が見ても分かるだろうが、こんな可愛い顔を誰かに見せるつもりなど毛頭無い。
──────いつの日にか見た、気が狂った彼女が俺の害悪リスナーになる夢の事など忘れて、彼女の額にキスを落とした。
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なしつぶて(プロフ) - 名無しさん» 名無し様はじめまして、コメントありがとうございます。主催の片割れのなしつぶてと申します。今作品を楽しみ、テーマの根幹や凝ったところにお気づきいただけたこととても感激です、ありがとうございます! ぜひ何度も楽しんでください(๑╹◡╹) (2021年12月30日 23時) (レス) id: 2923115121 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - ネットの広い海の中、こうしてこのような素敵な企画、小説と出逢えたこと、本当に嬉しく思います。ずっと読み返します…!ありがとうございました!(長いこと失礼しました…) (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - タイトルとストーリーの繋がり、Q編からの考察など読み終わった後にもこうして楽しむことができる…企画の制度も面白いですし今までにない形ですごく興味をひかれました。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 正解はひとつではないし正解ですらないのかもしれない、と不思議な発見を突きつけられました。未だすごく深く自分の胸元に刺さっています。それはもう、余興だけでも鳥肌が立つ程に。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 1週間、このA編を心待ちにさせていただいていた読者のひとりです。素晴らしい企画と物語、本当にありがとうございました…!作り込まれた世界観と作者様方の綺麗な表現法、QuestionとAnswerが溶け合って混ざり合っていく様で、 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
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