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ちょ、ちょっと待ってよ!?と珍しく大声を上げて席を立ったAの目は悲しそうで、何か言いたそうに口を開くが、全く言葉が出て来ないと言った様子だった。今にも泣きだしてしまいそうな、辛くて苦しそうな。そんなものだった。
『私一人のせいで沢山の子を傷付けたくない!』
「Aのせいやなくて、俺のせいや」
『違う!志麻くんが私とのことを言ったら、志麻くんのせいじゃないんだよ!?私がいるから、私が志麻くんと付き合ってるから、付き合ってたってことになるから!』
「でも!!俺は、俺は……偽り続けたままでリスナーの子らを幸せにできるとは思わん」
『いや、いやだよ…志麻くんだって、沢山の子が離れて行っちゃうかもしれないんだよ……』
「でも、もう俺腹括ってん。Aを、沢山の子を幸せにするって。だから、最後まで見届けて欲しい」
そうして、俺のスマホの画面をAに見せる。
<今までTwitterに浮上してなくて、何も音沙汰無くて皆に心配かけたと思う。ごめんな。
今日の夜、皆に話そうと思ってることがあるから、良かったら聞いて欲しい>
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今思えば、配信をしている時にAを部屋に入れたことなんて無かったと思うし、普通ならリスナーに彼女と付き合っていることを隠しているのだから入れるはずがないのだ。けれど、今は俺の後ろの小さな椅子にAが座って黙ってパソコンの画面を見つめている。
マイクの線を繋げて、「配信開始」のボタンをマウスでクリックする。あー、あー、と声を出せば今までにないぐらいに物凄い速さで流れるコメントにああ、俺は愛されているのだ、と。そんな子達を今から悲しませるのだろう。と思いながらも俺は口を開いた。
「まずは、ずっと何にも皆に連絡なくて、心配掛けたと思う。申し訳ない。本当にすみませんでした」
画面越しに俺が見えるわけでも、俺の行動が伝わる訳でもないが、深々と頭を下げた。彼女にも、リスナーにも頭を下げているが、これが情けないことだとは思わない。情けないのではなく、これからの真摯な気持ちを伝えるためにも必要な行動なのだ。
「それから、この期間ずっと何も言わずに休んでいた間、いろんなことを考えとった。何で休んでたんか正直に言うか言わんかも」
Aが俺の手を後ろから握って心配そうに見つめて来た。
リスナーに納得して欲しいなんて思わない。彼女が居ても応援し続けて欲しいだなんて頼まない。
ただ俺はか弱い力で握る手を。白くて柔らかい細い手を。きっと、その手を離さない。
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なしつぶて(プロフ) - 名無しさん» 名無し様はじめまして、コメントありがとうございます。主催の片割れのなしつぶてと申します。今作品を楽しみ、テーマの根幹や凝ったところにお気づきいただけたこととても感激です、ありがとうございます! ぜひ何度も楽しんでください(๑╹◡╹) (2021年12月30日 23時) (レス) id: 2923115121 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - ネットの広い海の中、こうしてこのような素敵な企画、小説と出逢えたこと、本当に嬉しく思います。ずっと読み返します…!ありがとうございました!(長いこと失礼しました…) (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - タイトルとストーリーの繋がり、Q編からの考察など読み終わった後にもこうして楽しむことができる…企画の制度も面白いですし今までにない形ですごく興味をひかれました。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 正解はひとつではないし正解ですらないのかもしれない、と不思議な発見を突きつけられました。未だすごく深く自分の胸元に刺さっています。それはもう、余興だけでも鳥肌が立つ程に。 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 1週間、このA編を心待ちにさせていただいていた読者のひとりです。素晴らしい企画と物語、本当にありがとうございました…!作り込まれた世界観と作者様方の綺麗な表現法、QuestionとAnswerが溶け合って混ざり合っていく様で、 (2021年12月26日 21時) (レス) id: 0ca626f097 (このIDを非表示/違反報告)
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