小瓶 ページ9
「……セシル。そろそろ、なんだろう」
いきなり話しかけられ、私はきょとんとして見返します。けれど一拍おいてその言葉の意味するところを察しました。
ちょうど私もそれを考えていたというのもありますし。
「そうですね……この間のクレイジーストームで、いっぱいになっちゃいました」
今まで二回しか出したことがなかったそれを懐から取り出す。クレイジーストームの後と、リディアさんが帰ったあと。その二回だけ。その時までは忘れていたのです。
この間の卵たちのせいで満タンになってしまったそれを傾けました。傾けても少しの音しかしません。ちゃぷん、と。そんな音すらしない。
これがなんなのか。誰にも聞かず、自分でも気にせずにきましたが、もう気にしなくてはならない時期が来てしまったようです。
「ユリウスさん。これが何なのか。一体何が入っているのか。教えてください。時計屋ならご存知なんでしょう?」
ユリウスさんは黙って飲んでいた珈琲を置き、
「……それはお前の責任の薬。罪悪感の小瓶だ。お前が帰らなくては、と思う度にその中身は増えていく。お前の心。それこそがその小瓶の正体だ」
心……。そうか、だから。私はずっと自分の心と向き合ってこなかったから、中身は増えなかったんですね。だから向き合った瞬間に罪悪感と義務感が溢れてしまったんでしょう。
クレイジーストーム、そしてリディアさんの決断……。私が心に向き合うには十分の波乱でしたよ。
クライスはこれが狙いだったんですかね。向こうの世界に帰ったら、私は虚無感と罪悪感でさぞかし好い顔を見せるでしょうから。
クライスは、あの白ウサギとは正反対、私を帰したかったんですね。ここで幸せにして、現実世界で絶望させるために。
『そうだよ! 大正解!』
体が沈むような感覚とともに、不思議な空間――大釜にいました。それはもう、水が満杯になっていて、息もできない。でも苦しくはありません。ただ沈んでいくだけです。
底に行き着いた。硬い、鉄の感触。
底にいたのは、口を三日月のように歪ませて笑う海亀。彼の瞳から溢れ出す大粒の涙が、水中なのに美しい珠のように伝い落ちていく。
『ボクはキミが絶望して歪む顔が見たい。ボクといた時間を誰よりも憎み、絶望したキミの、ね』
泡とともに、そんな言葉が吐き出された。
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フェン - 麻酔薬さん» コメントありがとうございます。頑張ります! (2018年9月2日 19時) (レス) id: 5db073126a (このIDを非表示/違反報告)
麻酔薬(プロフ) - 続きが気になります、もう更新されないのでしょうか? (2018年7月13日 22時) (レス) id: 0ff3dc7af0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:フェン | 作者ホームページ:@QuinPrince6
作成日時:2015年7月28日 10時