【HSJ】泡沫メモリーズ3

advance03 ページ40

side 慧



耳を澄ませばたくさんの音が聞こえてくる。
特別耳が敏感だとか、人よりも音を集中して聞いている訳ではない。
何もしていなくとも、耳にたくさんの音が届くのだ。



ぽかぽかと温かい陽気に包まれ、ついうとうとしてしまう。
太陽にそっと手をかざせば、指の隙間から眩しい光が降り注ぐ。


過去を塗り替えるということが、どれほど危険なものだったのかあの時の俺には分からなかった。
それほど過去に、ピアノに一生懸命だったのだろう。


どうしてこの道を選んでしまったのだろう。
どうして簡単に夢を諦めてしまったのだろう。


その問いかけに答えてくれる人は、この世界のどこにもいない。
もちろん今までも、そしてこれからも存在しない。


夢は何だ？
その先にあるものは何だ？


自分のたった一瞬の判断が、今までの積み重ねを、過去の自分を全て裏切ったという事実はこの先何年経っても消えることはない。


かと言って罪を背負う、なんて重大な話でもない。


ネバーランドに居る時は、ずっと考えていた。
あの施設は現実とは隔離された、一時的なカウンセリング施設。
そこで沢山のことを考えた。


今までは過去のことをたくさん考えて、あの時ああすれば良かったと嘆くばかりの日々だった。
けれどこれからは、先にある未来を考えなくてはいけないと強く思った。



まだ終わった訳じゃない。
俺がここに居る限り、何度だってやり直せるし折れない限り何度でも立ち上がれる。



鍵盤に触れると今までたくさん聞いてきたはずの音が少し違って聞こえた。


その瞬間から、世界がたくさんの音で満ちていることに気付いた。
小鳥の鳴き声、自動車の走る音、風に触れる葉っぱの音、自分の鼓動の音。



白と黒だけだった俺の世界に、たくさんの眩しい色が降り注いだ。

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