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漆。 ページ10

「 __ ん、うらたん、うらたんっ!」

人前だと言うのに、慌てたような声で呼ばれた俺のあだ名と、袖をぐいっと引かれた感覚ではっとして、途端に周囲の様子が目に、耳に、飛び込んでくる。
何時も賑やかな花街だけど、今は賑やか、というよりざわざわしているし、袖を引っ張った張本人のセンラは不安げな表情で俺を見つめていた。

え、な、なに…?
俺は困惑しつつも、俺がぼんやりしている間に何があったのか早急に、少しでも理解するため、辺りを軽く見回す。



__ 赤い傘が、ばしゃんと落ちた。



「ぇ、お、俺の、煙管。」

あ、やらかした、何時もの言葉で喋ってしまった。

遊女は、客にとっては一夜限りの恋人であり、嫁であり、愛人である。だからか、何処の郷か分からない言葉を嫌う客は結構居るのだ。
俺はそこまでではないけど、何しろ口が悪いし、センラなんかは生まれが江戸から遠く、結構方言が強いから、此処に来て最初に覚えさせられたのは廓詞だったりする。


…って、そんなのは今どうでもいい。それよりも俺の煙管だ。
盗られた訳じゃない、落とした訳でもない。
じゃあ本当に俺が、


このひとに、渡したのか?


赤い傘を落とした彼は、困惑したような様子で傘を拾っていた。
傘を持たずに空いているもう片方の手には、間違いなく、俺の煙管が。

「うらた花魁が、煙管を…!?」
「なんて珍しい…、こんなこともあるのか。」
「まぁ、こりゃたまげたね、何年振りだろうか!」

冷静になると、周囲のざわめきの内容が俺であったことなどすぐに理解した。

無意識だったにしても、俺が煙管を渡して彼がそれを受け取ったという事実がある以上、俺は彼を誘い入れなければならない。すぐに何時ものように笑みを浮かべると、

「そないに驚かないでつかあさい、どうぞ、入っておくんなし。」

と彼に言葉を掛けた。まだ迷っている様子だったけど、俺が立ち上がったのを見て、意を決したのか舗の暖簾を潜っていった。

追憶 壱。→←陸。



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作者名:ほだか。 | 作成日時:2021年2月3日 13時

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