肆。 ページ7
「ほぇ〜…、やっぱり花魁綺麗、」
唇に紅を差していると、後ろから鏡を覗き込んだ由夏が感心したような声を零した。
今夜の準備は、由夏が手伝ってくれた。帯を選んでもらったし、簪も見付けてもらったし、何より俺の部屋は初めてでも無いだろうに、色々なものを興味深そうに眺め、うろちょろとする姿は可愛くて癒された。
「もう後は俺ひとりで出来るから、由夏、御飯食べておいで。」
鏡越しに目を合わせながらそう言うと、由夏は少しむっとしたような表情になった。
…くそ、こいつちゃんと覚えていやがるな。
「…由夏様、御腹お空きでありんしょう、わっちのことはよござんす、御飯を食べておくれなんし。」
何故か、Aと由夏は俺とセンラの支度を手伝うと、こんな風に廓詞を使わないとぷりぷり怒りだすのだ。
センラは、きっちりと準備を済ませた俺たちはふたりにとっては『花魁』であって、となれば当然喋る言葉も決められている。だから、何時もの通りに話されると気になるんじゃないか。なんて言っていたけど俺にはよく分からなかった。
「えへへ、うらた花魁、じゃあまた明日ね!」
由夏はすっかり満足したのか、立ち上がって着物の裾を整えると、俺に手を振りながらぱたぱたと駆けていった。
由夏の背中が見えなくなると、軽くあげていた右手はぽすんと膝の上に落ちた。ひとつ溜め息を吐いて鏡台に向き直り、伸びかけの髪を櫛で解かしていく。
鏡に映る、歳のわりにはまだ幼さが抜けない俺の顔。
身長も昔より伸びたし、一年くらい前にばっさり切られた髪も結えるくらいの長さにはなってきた。
身体は少しずつ変わっていくのに、きっと俺の中身はあの日から何ひとつ変わっていないんだろう。
「いや…、変えられてねぇ の間違いか。」
ずっと使っている簪を刺すと、思わず自嘲した。
俺はこれから先誰と身体を重ねようが花を売ろうが、また捨てられようが、ずっと縛られたままなんだろうな。
ふと、外からぱらぱらと微かな音が聞こえてきた。どうやら雨が降り始めたらしい。緑の上掛けを軽く持ち上げながら窓に近付くと、色とりどりの傘がくるくると踊っていた。
あの中に、今日の客も居るのだろうか。
「うらた!時間だよ!」
聞こえてきた御内儀様の声に返事を返す。
仕事の時間だ。鳥籠に捕らわれた俺は、それから逃げることなど出来やしない。
__ 窓から離れるときにちょうど見えたひとつの赤い傘が、どうしてか変に目についた。
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作者名:ほだか。 | 作成日時:2021年2月3日 13時