上京したと思ったら上都だった 可惜編

罪人と被害者 ページ2

静かな院内。朝焼けが室内に差す。男性の声が響くと同時に、意識は容易に覚醒した。

「おはようございます、倉間さん」
「おはよーございます、荒井さん…」
「なんだか眠そうですね」
「昨日はいつもより眠れなくて…」
「なーんだ」
「"なーんだ"！？」

何故か落胆したような声に驚いてばっと荒井さんを見た。彼はカラカラと愉快そうに笑うだけだった。

「ひどい病院でしたね。患者をおちょくる看護師がいましたし」
「本当ですよ。まったく、どうしてこんなにも仕事が終わらないんですかね」
「一応確認しておきますが荒井さんって看護師なんですよね？」
「失礼ですね、私ほど勤勉な看護師もそうそういませんよ」
「失礼なのはアンタの方なんですけど！？」

こんなやりとりも今日で最後だろう。だからかお互いに軽口が回る回る。

「移動前に面会者が来るようですが、体調の程は？」
「だいじょ」
「大丈夫ですね、ではまた」
「衛生管理訴えてやろうかこの野郎」

ドライが過ぎる！今日いなくなるからって何でもしていいと思ってんのか！？
荒井さんはそそくさと僕の病室を出ようとする。扉に手をかけた時、彼は立ち止まった。

「…倉間さん」
「？」
「貴方は、自分は何も悪い事をしていないと、誰に誓っても言う事は出来ますか」

急にどうしたのだろうか。荒井さんは扉に顔を向けたまま、剣呑とした様子で問いかけてきた。

「――出来ません」
「…随分とハッキリした口調で言うんですね」
「後ろめたい事が無い人の方が稀有でしょう」
「では罪ならば？」
「いくらでも」
「…そうですか」

一気に部屋の空気が張り付く。さっきまでの和やかな雰囲気とは対照的に、室内温度が下がったような感覚に囚われる。

「罪の自覚はあるんですね」
「…だって、そうでしょう」

「僕が引き金で想い人と親友と、その家族を追い詰めたとなれば」

今日でどうせ彼とはお別れだ。
だったらもう、言ってもいいと思った。

息を呑む声が聞こえた。

「…一体、どうして」
「？」
「どうして、助けてやれなかったんだ…？」

絞り出したような――いや、何かを堪えたような声と共に、荒井さんは振り向いた。

(何で――…)

どうして荒井さんは、被害者がするような視線を僕に向けるんだ。

「…いえ、すみません。忘れて下さい」

何事も無かったかのように、彼は扉へと向き直った。その背には哀愁が漂っており、何か声をかけなければならないと思った。

「――僕は一生を懸けて償うつもりです」

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