夏夜の幻想【五条悟】

花火大会 七 ページ48

堤防の上を歩いた。ゆっくりと。
穏やかな月の光が降り注ぐ。
夏の暑い日差しが落ち着いた夜の海を歩くのは、とても気持ちが良かった。

ふと、背後に気配を感じた。

振り返った瞬間、足が滑った。
細い堤防から足を踏み外しそうになる。

あ、やば。
そーいえば、下駄だった。


海に向かって体が傾いた瞬間。
誰かが私の体をしっかりガードしてくれた。

「浴衣、似合うね」

何事も無かったみたいに、落ち着いた声色。


「五条先輩·····ありがとうございます」


危うく海の藻屑でした、と呟けば、先輩が笑いをかみ殺す声が闇に溶けていった。


「今日ごめんね。来れなくて」

「しょうがないですよ、仕事だもん。」


花火が終わってもぐずぐず会場にいた私と、ふらっと来てくれた先輩。
約束もしてなかったのに、逢えた。
それだけで、今日のデートは目標達成できた気がする。

懲りずに堤防の上をまた歩き始める私。
先輩は、ゆっくり後ろからついてきてくれる。

小さく深呼吸して、先輩に話しかけた。


「悠仁、強くなりましたね」

「もうそろそろ、お世話もいらなくなるかもね。仲間たちもできるし」

その言葉に、後ろを振り返った。
先輩の口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「A、悠仁の事、ありがとう。Aにお願いして良かったよ。」

じんわり胸が温かくなった。
先輩に認めてもらえる事が、嬉しい。


「本当に色んな事したよねぇ。今年の夏はAと居れて、僕も楽しかったよ」


変わらず穏やかに言う先輩に、胸が締め付けられた。
高専の時、また来れたらいいなと言われた感覚がフラッシュバックしたからだ。

あの日を境に、先輩との距離があいてしまった。
今年、こんなに近付けたのに。


意を決した。

「私も、今年の夏を先輩と過ごせて良かったです。先輩のこと、ただ軽くて適当な人かと思ってました。」

「最初にお願いした時、めちゃくちゃ警戒してたもんねぇー。僕、こんなに優しいのにー。」

あくまでも彼はおちゃらける。

「ほんと、優しいですよね。自惚れかもしれないけど、私には特に優しくしてくれてると思います。」

向き合った先輩は、何も言わない。
口元に穏やかな笑みをたたえたままだ。


「私、先輩の事が好きです」


先輩を見つめた。
彼の顔は変わらない。悔しいくらいに。

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