夏夜の幻想【五条悟】

夏祭りと禁断の果実 三 ページ30

「こんな所で一人でいたら危ないよ」

「お兄さんは危ない人じゃないんですか」


頬杖をつきながら聞いたら、笑われた。

りんご飴のお兄さんは、煙草に火をつけた。

あぁ、匂いがつくな、とぼんやり思う。

この人、断りもしないんだなぁ。


「何してんの、ぼーっとして」

「人を待ってるんですけどねぇ」

「ふーん、彼氏？」

「彼氏なんてまだまだで。片思いなんですけど。」

「待たされてんだ？」

「まぁ」


言われた言葉に少し寂しくなって俯く。

背後で、花火の音が響いた。

お兄さんは言葉を重ねた。


「自分が好きばっかだと上手くいかないよね」


確かに。本当そうだ。空回りしてしまう。


「愛される側の方が、意外と幸せになれんだよ」


知ったふうに説教をかまされる。

でも、今は、邪険にするのも追い払うのも面倒くさい。

この人は、私が並の男なら軽くねじ伏せれる事なんか、思いもしてないんだろうな。

待ち合わせてる手前、この場からも動きづらいし。


「いいじゃん、そんな奴ほっといて俺と抜けようよ」

「お兄さん、りんご飴売るんでしょ」

「もう店番終わったんだ」


煙草の煙を吐きながら、にやりと笑った。



お兄さんの言葉に、何故か心が揺れた。

ふと、コンビニ帰りに五条さんが女の人といた事を思い出す。

ビアガーデンで囲まれていた事も。

あの人は、めちゃくちゃモテる。

分かってたけど、あろうことか好きになっちゃったから、余計目につく。



モテる彼を見る度に、私の自尊心はすり減る。

あぁ、あの人たちに勝てるんだろうか、と自信をなくしていく。

もしかしたら、私のメールは面倒くさいから未読スルーされて、建人を選んだのかも。

嫌な思考ばかり、頭を巡る。




そんな私へのお兄さんの言葉は、傷ついた自分の自尊心を守る、悪魔のような誘い文句だ。

薄いし軽いけど、それでも女としての私の自尊心を上げてくれる。


そうか、だから揺れてるんだ、私。



頬杖をついたままお兄さんから目を逸らすと、左肩に手が伸びるのを感じた。

煙草の匂いが、鼻につく。


「俺なら優しくするよ？一晩中」


軽いなぁ、ちょろいというか。

見え見えな下心に、反吐が出そうだ。

ついて行けば、典型的な夏のひと夜の過ちで終わるんだろう。

夏の夜は、不思議な開放感がある。

一晩寂しさを紛らわせられるなら、いいか。

そう思うような。


「りんごみたいですね」


りんご飴のお兄さんは、はぁ？と私を見た。

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