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松井さんが今にも殴りかかろうとするので、私は影山くんの手から脱出し説明を図る。影山くんは驚いて固まっていたので抜け出すのは容易だった。
「ま、松井さん、これは彼ではなくて」
「んなわけないでしょ!うちのお嬢様を傷つけて、何黙ってんだ!」
影山くんは苦虫を噛み潰したように辛そうな顔になって、大人しく頭を下げた。しかし彼の怒りは収まっていないようだった。受付をしていた伊丹さんがその声を聞いて、慌てて館から出てきた。
「松井くん、落ち着きなさい!お嬢様の手前、取り乱さない!」
伊丹さんの叱咤に彼はようやくハッとして、身を乗り出すのをやめて深呼吸をした。助かった、と伊丹さんを見ると、困ったように笑った。私の口の端からはまだ血が出ているらしい。
とりあえず中へと通されて二階へ上がり、私の部屋の隣の休憩部屋で手当をしてもらう。松井さんが「女将呼んできます」と出て行った。私が怪我をするとお母様へと報告する決まりになっている。これは昔からそうだ。
「ご、ごめんね、影山くん……ほんと……」
「いや……怪我、させたのは、俺だし」
「ううん、不用意に近づいた私も悪いよ、お互い様」
口元の血は止まっていたが、代わりに頬が少し腫れていた。伊丹さんは私に湿布を貼りながら、彼に笑いかけた。穏やかな笑みだった。
「私達、お嬢様がとても大事なの。それは分かってくれる?」
「はい」
間髪入れずに彼は答えた。それにこちらが呆気に取られていると、「ならいいよ」と彼女は私を振り返る。
「そんなにすぐ答えられるなら、きっと女将さんも分かってくれるから、きちんと正直に話すのよ。お嬢様のこと、よろしくね」
彼女はそう言って部屋のドアを開けた。その前にはお母様がすらりと立っている。相変わらず立っているだけで威厳が見える、綺麗な佇まいをしていた。
「お、お母様、ただいま戻りました」
「おかえりなさい。そちらは?」
私が口を開く前に、彼は頭を下げた。
「すいませんでした」
私が慌てている間に、お母様はすっと目を細めた。吟味しているような目つきで、彼がこれを見ていたらどんな顔をするのか、少し気になった。
「わたくしではなく、娘には謝罪したのですか」
「はい」
「ま、間違いないです、謝ってもらいました」
お母様がこちらを見る前に続けると、彼女はその鋭い目をこちらに向けた。ただそれもすぐに緩められる。
「ならわたくしから言うことはございません。二度と、彼女を傷つけないように」
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作者名:ReG | 作成日時:2022年1月22日 18時