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「何だよ」
彼は振り返らずにそう言った。少し涙声で、それ以上に低い声だった。
ようやく私は正気に戻る。私は彼を追いかけてきて、何がしたかったのだ?まさか彼に「負けたけど凄かった」などの安い言葉をかける訳じゃあるまいに。
「あ、の……お疲れ、様」
彼は無言で足を進めた。私もそれについていく。私達が並んで帰るくらいの歩幅だったが、今は隣にいない。
「…………」
「…………」
無言。ひたすらに、静かに歩く。変な言葉をかけるよりも、そうした方がいいと思ったからだ。
そのままずっと歩く。体育館から私達の家までは距離があった。そもそもバスが出ていたはずだったが、彼はそれを振り切って歩いて帰ることにしたらしい。今頃先生方が怒っているだろう。
「……今日の」
彼がぽつりと話した。以前声は低く、地を這うようだった。
「無様だと思っただろ」
そもそも無様という言葉を彼が知っていたことに少し驚く。ただ、それにははっきりと答えられた。
「ううん」
彼は私のその言葉を聞いて、その場で立ち止まり勢いよく振り返った。どう見てもその顔は怒っていて、彼は叫んだ。ここは住宅街だよなんて、言える雰囲気では無かった。
「うるせえ!思っただろ!俺は今日!何も出来ずに下げられた!」
だから足を止め忘れた私が影山くんに意図せずして近づき、その振り返りと同時に彼の腕に突き飛ばされて頭を打ったのは、仕方の無いことだった。
ガツンと音がして、ほぼ同時に頭に衝撃がぶつかる。どうやら人様の家の塀に頭をぶつけたらしい。ぐわんと視界が揺れて、後頭部はじんじんと痛い。擦りむいたような痛みでは無いので、血は出ないだろうと冷静に分析した。
彼はそんな私を驚いたように見て、しかし強く拳を握り耐えているように顔を顰めた。その目元は少しだけ赤い。
自分は悪くないと言い張るその姿に、声をかける。
後頭部は痛くて仕方ないし、彼の瞳はギラギラとこちらを睨んだままだし、痛みに負けて泣きそうだった。なんなら涙目だった。でも、いたって冷静に。
私は何故ここにきたのか。何故彼に声をかけたのか。
そんなものは、決まっていた。
「わ、たしは、泣いている友人を、放ってはおけない」
自分ではっきりと声に出して、そこでようやくすとんと自分の中に何かが落ちた。
「他者との激突は、貴方が成長する一歩、だよ……無様なんて、惨めなんて、思わない。まして、友人に」
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作者名:ReG | 作成日時:2022年1月22日 18時