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日曜日、私は激務に追われていた。何故か今日に限ってお客様が多く入館なさっていて、厨房も接待も人手が足りない。お休みだった方々も何人か駆り出されている。
「お嬢!お味噌汁が無くなりそうです!」
「た、ただいま……!」
「お嬢様、ご飯炊けました!どこからですか!?」
「順番に鹿の間、桜の間、藤の間です……!」
「げえっなんで四階、二階、四階なんだよ!」
「相坂さん!お嬢!百合の間のお客様、卵アレルギーだそうです!」
「了解!ありがとよ!」
このバタバタ具合である。とてもではないがゆっくり勉強もしていられなかった。私にとっては小学校の問題のようなものなので、勉強しなくても点数は取れるが、油断は禁物だ。この後に復習することにするが、果たしてできるだろうか。
厨房を守る相坂さんも、流石の忙しさに息を吐く。優しい顔をした男性だが、こうして混むと眉を寄せる。言葉は優しいし昔から知っているので、恐怖心はそれほど煽られない。
「たっくよ、なーんでこんな中途半端な季節に来るかな?お嬢も駆り出して悪いな」
「い、いえ……接客に慣れていない私が出来ることなんて、このくらいなので。相坂さん、鮭の方出来ました……!」
「相坂さーん!お漬物は!?」
と、まあこんな具合で、ようやく落ち着いたのは午後の四時だ。勿論お客様は過ごしたいように過ごしていらっしゃるので、四時に早めの夕食を準備したりもする。今日もそうだった。
「お嬢、休んできな。とりあえず大丈夫だ」
相坂さんが疲労困憊の私を見てそう気遣ってくれるが、ここまできたらそのくらいは付き合ってあげたかった。しかし彼は首を振る。
「お嬢は学生。俺はちゃんと成人した料理人。ここまで手伝ってもらったので十分助かってるっての。いいからゆっくりしてきな、勉強とか」
私の趣味が勉強だと知った時、普通の人は何かしら同情の視線を向けたり、嘘だと言って笑ったりする。その歳で勉強が好きなわけがないと決めつけていた。
彼は「いいじゃん」と言って笑った。だから私は彼に勉強の話を良くする。だから彼は息抜きに勉強しにいけ、と何の苦もなく笑ってくれる。
そこまで言われたならば仕方がない。私は大人しく頷いた。
「ありがとうございます、相坂さん」
「はん、子供の時みたいにあいちゃんって呼んでもいいぞ?」
「あ、あいちゃん」
「へっはは!じゃああいちゃん頑張るから、お嬢も頑張んな」
私の頭を撫でるその大きな手は、頭の上で楽しそうに踊った。
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作者名:ReG | 作成日時:2022年1月22日 18時