54.遠くへ ページ4
目的もなくただただ2人で電車に揺られる。
誰も乗っていないような車両に
2人で手を繋いで座っていた。
私は稔くんの方に頭を預け、
ぼうっと窓の外を見る。
私たちが何かを話すことはなく、
ただただ電車がレールを通過する音だけが響いていた。
律儀な稔くんは、公衆電話から家に電話をし、
今日は山田の家に泊まると両親に伝えた。
稔くんは、私にも親に連絡するように伝えたが、
頑なに電話を拒否した。
…どうせ電話をしたところで繋がらないから。
「…次で降りるか」
ようやく発した稔くんの一言で、
私は稔くんの肩から顔を離した。
電車になどほとんど乗ったことがない私は、
稔くんに言われるまま動いていた。
最後に乗ったのは父と母と3人で水族館に行ったときだ。
…父がいなくなってからというもの、
おでかけをほとんどしなくなった。
母があんな状態では、どこにも行くことはできない。
親戚の援助で生活は成り立っているものの、
私たち親子に未来などないのかもしれない。
過去はなんでこんなにも綺麗で色鮮やかなんだろう。
過去は幸せな記憶しか出てこない。
だから人は、大切な相手のことを忘れられないのかもしれないな。
母がそうだったように。
そんなことを思いながら静かに目を瞑った。
ーーー
駅を降り、しばらく歩くと、
そこには海が広がっていた。
冬の海が極寒で、寒かった。
2人で寒いと言いながら体を寄せ合う。
しかし、月明かりに照らされた海は今まで見た中で一番綺麗だった。
「…綺麗」
「だろ？」
「俺ここ好きなんだ」
「夜に来たのは初めてだけどな」
そう言って松本は鼻と頬を真っ赤に刺せながら、
ニカッと笑った。
そして2人で海岸に座る。
稔くんが座った勢いのまま寝転がったため、
Aも同じように寝転がった。
空を見上げると、
星が綺麗で感動した。
住宅街で暮らしていたAにとって、
こんなに綺麗な星空を見たのは生まれて初めてだった。
「初めてこんなに綺麗な空見たかも」
「俺も」
2人で手を繋ぎ、寝転がりながら空を見上げる。
誰もいない空間に、
稔くんと2人でいる。
聞こえてくるのは、
波が押し寄せる音だけ。
そんな幸せな事実に、
私の頬に一粒の涙が伝った。
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作者名：usa | 作成日時：2023年11月6日 21時
