. ページ45
司会の声を合図に、Aと颯一郎が手を繋いで登場する。すると会場が一瞬でアイドルのライブになったかのような盛り上がりを見せた。
「Aかわいー」
「っさい……」
Aは照れているのか、顔が赤い。颯一郎はそんなAを愛おしそうに見つめている。
『英河投手、どうやらやりたいことがあるようで……』
司会に言われて、Aは颯一郎の手を解いて前に出る。
「そっすね……めちゃくちゃ恥ずかしいですけど、頑張ります」
『英河投手、実は1週間前からあるダンスを練習していたようで……』
モニターにスタジオでAがチアガールの人たちにダンスを教えてもらっている映像が流れる。それと同時に会場の照明が落とされた。
画面の中のAは、試合中に見せるような真剣な眼差しで振り付け動画を見たり、誰もいない廊下で1人踊っていたり、チアガールの人たちと振り付けの細かいところまで確認していた。
「真面目やな……」
「そっすね」
由伸はモニターを見ながら自分の脳裏にAの姿を思い浮かべていた。彼が必死で練習している姿と、試合で投げている姿、自分と目を合わせて笑っている姿、落ち込んで泣いている姿……数え切れないほどたくさんのAとの思い出が、頭の中で走馬灯のように駆け巡っていく。
「っ……」
Aへの愛しさと虚しさなどがぐちゃぐちゃに混ざったものが少しだけ湧き上がるが、それを抑えて由伸は前を見た。好きな人の前ではカッコつけたい。
『それでは英河投手、お願いします!』
会場が明転するなり、聞き慣れたスローペースの曲が流れる。タヌキの耳と尻尾をつけたAが緩く踊り始めた。
「かっわい……」
思わずスマホを構えてしまう。彼の可愛らしい顔と、どこか色っぽい目元。そして可愛らしい振り付けとのギャップに、由伸はどんどん沼にはまっていく感覚を覚えた。
「A……」
思わず名前を呼んでしまう。するとその瞬間、Aがこちらを見たような気がした。そしてにっこりと笑って手を振っているように見える。
『……英河選手、ありがとうございました!』
会場中が拍手に包まれる中、由伸だけは呆然としていた。あの笑顔は自分だけに向けられていたのではないか?そんな考えが頭をよぎる。
「由伸、終わりやから移動せな」
「……はいっす」
由伸は席を立って、裏へと戻っていった。
184人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:usa426 | 作成日時:2023年11月1日 23時