第3話 ページ5
Aは結局その日の練習が終わるまで、颯一郎から一定の距離をとっていた。練習を終え、着替えも終えたAは1人ベンチに座って帰り支度をしていた。すると突然背後からAの首に腕が回る。
「わっ！？」
驚いて声を上げれば、その声の主は楽しそうに笑い声を上げた。
「やーっと捕まえた」
「そ、そーいち……」
Aはそう呟いて、颯一郎の腕から逃れようともがく。しかし颯一郎はそんなAをさらに強く抱き締めた。
「ぐぇ」
Aの潰れたような声が響く。颯一郎はまた楽しげに笑い声を上げた。
「なあAー？」
「なんや」
「インスタ開設しようや」
「需要ないからやらん」
「いやいや、あるから。お願い、マジで」
大型犬のような勢いで颯一郎はAに擦り寄る。Aはそんな颯一郎を鬱陶しそうに見つめて、ため息をこぼした。
「しゃあないな……」
Aがそう言えば、颯一郎は嬉しそうに笑った。
「なにこれ？ゆーざーねーむ？何入れたらいいん？これ」
「苗字と背番号でいいよ。ひでかわ、って」
「この名前ってのとはちゃうん？」
「ここまでSNS使えへんの初めて見たわ。面白すぎる」
Aが眉間に皺を寄せてそう聞いても、颯一郎は楽しそうに笑うばかりだった。
「とりあえず、英河Aって入れたらええかな」
「まあ何でもええよ」
「あ、ゆーざーねーむ出来たで」
「偉い偉い」
「子供扱いすんな」
そう言ってAは颯一郎の頭を軽く小突いた。
「なんかあげる？」
そう聞かれて、Aは何かを思いつくとニヤリと笑う。
「そーいち、こっち向いて」
「ん？」
Aがそう言えば、颯一郎は素直にAに向き直る。そんな颯一郎にスマホのカメラを向けて、Aはシャッターを切った。
「これあげていい？」
「ええよ。あげて」
颯一郎はそう言ってAに笑いかける。そんな颯一郎をまた写真に収めると、Aは満足げに頷いた。
「よし、アップしよ」
そう言ってスマホを操作し始めたAの後ろ姿を見て、颯一郎は小さく笑みを零した。そして自分のスマホを取り出すと、カメラアプリを立ち上げる。そしてシャッターを切った。
その音が耳に入ったのか、Aが振り返る。
「何撮っとん？」
「ん？可愛いなーと思って」
「はよ消してや、それ」
Aはそう言って颯一郎のスマホを奪おうとする。しかし、身長差のせいでそれは叶わなかった。
「消さない」
「消せ！」
人気のないロッカールームで2人の声だけが響いていた。
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作者名：usa426 | 作成日時：2023年11月1日 23時
