君との合言葉は (ページ40)

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「はい、座って」

「……はい」

　2人は誰もいない部屋に入ると、椅子に座るよう促された。大人しく座ると、中川も向かい側に座った。

「で？なんで抱きついてたん？」

「暑かったから」

「らしいです」

「暑かったら抱きつくん？」

「……」

「そーいち」

「……暑くても、ぎゅってしたかったんで。A体温低いから」

　颯一郎はそう言うと、Aを抱きしめた。そして首筋に顔を埋める。するとAがくすぐったそうに体を捩った。

「くすぐったい」

「我慢しぃや」

「……なあ、なんで抱きつかれてたん？」

　もう一度同じ質問をした中川に、Aは少し考えた素振りをして言った。

「暑かったからっすけど……なんか懐かしくて落ち着くんすよね」

「懐かしい？」

「はい」

　Aはそう言って笑う。その笑顔はどこか寂しげで、風に吹かれて消えていきそうな儚さがあった。

「そか」

　中川はそれだけ言うと、Aのことを颯一郎から奪って抱きしめた。そして背中をぽんぽんと優しく叩く。まるで子供をあやすような仕草に、Aは少し不満げに言った。

「子供扱いせんでください」

「ええやん別に」

「……まあ、嫌やないっすけど……」

「ほらな？」

　中川がそう言って笑うと、Aもつられて笑った。その笑顔はさっきよりも柔らかくて、少し幼く見える。

「Aはもうちょい危機感持とうな。そーいちに対しても、誰に対しても」

「はい！」

「ええ子やな」

　中川はAの頭を撫でると、立ち上がってドアの方に向かった。そしてドアを開ける前に振り向いて言う。

「そーいちも、以後気をつけるように。な？」

　その目は細められていたが、その奥には鋭い光があった。颯一郎は小さく「はい」と返事をすると、中川は満足そうな顔をして出て行った。

「……なんか、怖ない？」

「いつもや」

「言うといたろ」

「マジでやめろ」

　2人は顔を見合わせると、同時にため息をついた。そしてどちらからともなく立ち上がると、サロンに向かって歩き出した。