あと一歩、君には【男主】

ep5-1 -決起集会- ページ19

ついにWBCが開幕する。強化試合として、Aは京セラドームで自分の実家である阪神タイガースと去年の日本一、オリックス・バファローズと対戦することになった。
　その前日である今日、みんなで決起集会として焼肉へ行く。
「Aくん、俺が言ったこと覚えてます？お酒は？」
「呑んでも飲まれるな」
「違う！2杯目以降は飲まないって約束しましたよね？」
「え？」
「覚えてないですか？」
「俺、ホテル帰ってからの記憶ない……」
「いや、じゃあ大丈夫です。弱いんだから気をつけてください」
「まあ明日は試合やし、セーブするわ」
「そうですよね」
　Aがそういうとタクは安心したように息をついた。もうすぐ焼肉屋が見えてくるはずだ。

「かんぱーい！」
　Aは乾杯の合図と共にビールを飲み干す。
「ちょっとペース早くないですか？Aくん」
「そんなことないやろ」
「酔わないでくださいね」
「大丈夫やって、1杯だけやから」
　心配性のタクを適当にあしらいながら焼き上がった肉を食べる。
「うわ、これ美味しい」
「ほんとですね。Aくん、次何飲みますか？」
「ウーロン茶ほしい」
「わかりました」
　タクが立ち上がってオーダーしに行く。Aは自分の席に座って肉を食べていると、誰かが横に座ってきた。
「ナールちゃん」
「ふぁふみ(卓三)」
「あれ、ナルちゃん、ビールないの？」
「ん」
　首を縦に振ると、卓三は自分のグラスをこちらに差し出して、
「いる？」
　とだけ言ってきた。その瞬間、Aの頭の底から何か――夏の湿気のような感覚がじわじわと湧き上がってくるのを感じた。頭の中でジージーとセミが鳴いている。それは、この男のことを拒絶しているのか、何かを思い出そうとしているのか、今の自分にはわからなかった。
「ん？どうしたの？ナルちゃん、飲まない？」
「うん、いらん、ありがとうな」
　そう言ってAは卓三の方を見て、一瞬言葉を失う。
　

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