溺れないでよ【シルバー】 (ページ44)

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記憶¿¿ ページ44

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真っ暗なリビングで一人、暫くぼうっと突っ立っていた。夕飯前に帰ってきた時よりもずっと静かで寂しく思うのは、多分、自分のせいだ。
壁に掛けてある写真には、シルバーとAが写った写真が多くあった。リリアがここを去る際に、家族写真のほとんどは「二人が寂しくないように」と残していった。しかし今は色褪せた紙に写る彼らの顔でさえ、寂しさを助長させる。

『あと一年、あと一年かあ……』

リリアとシルバーとA、三人が写った写真を親指で撫でた。いつ誰が撮ったのかも忘れた、まだ呪文のひとつも知らない、罪も嘘もない、幼気で綺麗な自身の笑顔に、Aは酷く羨んだ。
まだ十にも満たない頃に起こした天災を、今でも悔やんでいる。あの事件がなければ、もっと自由に、もっと明るく、もっと愛されて生きてこられたのに。

「そうやって一丁前に悔やんでいるだけで、いつもあの日のことを思い出そうとはしないよね」

耳を疑った。まさかこの声は、自分の後ろから聞こえてきたのか。Aは息を飲んだ。確かに聞こえたのだ。冗談なんかじゃない。
ドクンドクンと血が全身を逸るように巡り、心臓の脈打ちが加速する。無意識に呼吸を整えようとして耳だけに集中が集まる。気づけば全身汗びっしょりで、体温が著しく低下している。圧迫されるような耳鳴りが、Aの神経をゆっくりとなぞった。

『……誰、』

返事はなかった。ただ、さっき聞こえた声は確かに幻聴などではなかった。やけに親しげな口調の女性の声が、Aの耳にこびりついて離れなかった。唇は乾燥して冷たくなっている。Aは振り返る覚悟を決めた。ゆっくり、数ミリずつ首を曲げる。完全に振り返った時、Aの目に初めに飛び込んだのは、何の変哲もない古ぼけた姿見だった。しかしAは絶句した。初めからこんな所に姿見など置いていなかったのだから。後ずさりしてテーブルにぶつかる自分の顔は、酷く青く、とても健康な若者には見えなかった。

『……出てきなさいよ、いるんでしょう？』

強かった口調は、震えている。銀の細工で縁取られた姿見は、全身がくすんでいて輝きを失っていた。本当に何が起きているのか分からないまま、霞がかった鏡の中の自分が堪えきれなくなったのか、勝手に動き始めた。

「ご機嫌よう、あたし？」

彼女と対面して改めてその声を聞いた時、今まで精神が不安定になっていた時に、Aの心につけ込むように囁いていたあいつだということに気がついた。