溺れないでよ【シルバー】 (ページ43)

今日:27 hit、昨日:7 hit、合計:16,593 hit

記憶と虚栄ページ43

･

ジグボルトの御屋敷に招かれてAはすっかり憔悴しきっていた。昼間に学園中を歩き回ったり、行き帰りの馬車で揺られた身体は、もうほとんど余力を残していない。そんな中でセベクの元気すぎる家族に出迎えられてかなり疲弊していた。

『まさか本当に許可をいただけるなんて……』

Aがジグボルト姓を名乗ることが本当に認められてしまった。先々と彼らが話を進めてしまうので横から補足説明をすることはおろか、挨拶くらいしかほとんど会話をしていない。夕飯の時からずっとでっかい人たちにギュウギュウと囲まれて胸焼けがしている。
セベクに送られる帰路、Aが大きな溜息をつく傍らで彼は満足そうにいやらしい笑みを見せた。

「これで書類上では僕がAの兄ということだな！」

『はぁ？あたしが上に決まってんでしょ』

Aの本来の年齢が分かるまでずっと姉弟のように過ごしてきたというのに、剣の稽古も座学の指導もずっとずっとAがつけてきたというのに、この男はなんて恩知らずなのだ。Aは信じられないという顔でとうとうブチ切れた。

「僕の方が先に誕生日を迎えるのだから僕が兄に決まっているだろう」

『はーん？私の誕生日だって本物じゃないのによく言えたわねえ！？』

修行ではシルバーとA、家では兄と姉がいるセベクは今までずっと末子であったということもあり、兄というものには並々ならぬ憧れがあるのかもしれない。しかし、Aにだって姉弟子としての意地がある。ここぞとばかりに反論すると、｢大人気がない｣と一蹴されてしまった。

『まあ、まさかバウル様が了承してくださるとは思わなかったけど、一番気がかりだったことが解決して良かった』

ありがとね、と彼を見上げるように言うと｢年上面するな！｣と怒鳴られた。厳しすぎる。

『久しぶりに自分以外が作った美味しいご飯がいっぱい食べられたし、今日は良い日だった』

「またいつでも食べに来ると良い。僕の家族は皆Aのことを気に入っているから、いつだって歓迎する」

『ううん。セベクの家族には感謝してる分、これ以上迷惑かけないよ』

ちょうど家に着いた時、セベクの声がピタリと止んだ。どうかしたのかと振り返ると、彼はらしくもなく黙りこくって、Aをじっと見つめていた。

「……僕は、貴様と血縁関係がなくとも」

『あたしは、』

────あたしはセベクのこと兄とは思えないよ。彼の言葉は最後まで言わせず、玄関の扉を閉めた。