溺れないでよ【シルバー】 (ページ32)

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記憶と禁域ページ32

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『植物園は授業で使われていませんね……中を覗いても？』

「う〜ん、まいったなあ」

バツが悪そうに彼が頭をかくので、Aは首を傾げた。「見学不可ですか？」とAが訊ねると、サムは横に頭を振った。

「見学許可は出ているよ。ゆっくり見ることもできる」

『では、何故？』

「植物園は彼のナワバリだからね」

困ったように笑うサムは、本当に困っているようには見えなかった。Aはサムの言う「彼」が一体誰なのか気になったが、それ以上は追及しなかった。二人はさっさとその場を離れた。
最後にAが案内されたのは、メインストリートから少し外れた場所に位置する小さな建物だった。授業中で生徒がおらず穏やかな雰囲気の自然の中に、ぽつんとその建物がそびえ立っている。サムにエスコートされるがまま、Aは建物へ足を踏み入れた。

「ここが俺の本拠地、Mr.Sのミステリーショップさ。君の夢を叶える魔法のアイテムが、何でもIN STOCK！」

元気な人だとは思っていたが、自分の仕事場になるとこんなにも押しが強くなるとは思いもしなかった。「品揃えには自信アリだよ」とウィンクしながら付け加える彼を見た感じ、これは何か買わされそうだなあとAは入店早々に察した。こんな風に相手から気圧されるのは久しぶりだった。

『……私の、夢を叶える？』

店の謳い文句だろうか。喉に魚の小骨がつっかえるような、妙な不快感を感じた。購買部で買えるようなもので夢が叶ってたまるか、と。
これから開店するのか、彼は店の奥へ消えてしまった。Aは店内をゆっくりと散歩していた。本当に品揃えだけは良いのだが、学校生活において必要な物なのかどうか怪しい品も揃えられていた。キャンディーやチョコレートなどの菓子類から、何のどこのパーツかわからない半導体のようなものまである。その中でも一際Aの目を引いたのは、多くの商品がある中でこれだけは売り物に見えない、年季の入ったアップライトピアノだった。立てかけられた楽譜もかなり古いもので、ページを捲るのもはばかられるくらいだ。
Aは鍵盤に手を伸ばした。ポーンと正しい音を出したそれは、持ち主に相当大事にされているのだと思った。

「何か弾いてみるかい？」

背後からぬっと現れたサムに、Aは小さく悲鳴を上げた。普段から気配には敏感な方だが、彼は全く近づいてくる気配がなかった。それはここが彼のテリトリーだからなのか、彼の本質なのかは、知りたくもなかった。