溺れないでよ【シルバー】 (ページ11)

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記憶と少年ページ11

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Aが感傷的になっている間にも、ふっと場面が移り変わった。
真緑だった木々は枝を細らせ点々と赤みを帯びている。二つの足音が近づいてくる中、Aは凛とした佇まいでその音の方へ視線を移した。何かから逃げるように走っていた少女は後続していた少年に腕を掴まれて立ち止まる。

「痛い、離して」「離せばまた逃げるだろ」拒絶する彼女に対して少し横暴ではないだうろか。小さなAは今にも泣き出してしまいそうなくらい瞳を揺らして、その眉を歪ませている。Aが傷心している時、シルバーはいつも一人にはさせてくれないのだ。

「……A、お前を心配しているんだ」

「シルバーにはわかんないわよ、あたしの気持ちなんて」

あぁ、懐かしい。Aはこの光景に見覚えがあった。
確か丁度九つになる前の秋だ。夏に起こした大嵐で茨の谷に大きな被害を齎したAは、そのことを随分と引き摺っていた。勿論、シルバーにその気持ちが理解できるはずない。

「嫌よ、もうあたしに近寄らないで」

ああ、昔から自分は変わっていない。周りを見渡すこともできずに一人で落ち込んで。根っこが暗いのはどうしようもなかった。
そうだ。あの時も確か彼らと距離を置こうとしたのだ。幼い頃のトラウマから一人になることを嫌うAから、シルバーは片時も離れようとしなかった。それが彼なりの思いやりだろうが。

「もう誰にも会いたくない。誰かに会っちゃいけないのよ」

始めから何もしなければ良かった。城から出なければ、茨の谷へこなければ、この世に生まれてこなければ。どうにもならないことばかりがその頃のAを酷く蝕んでいた。
しかし、シルバーが食い下がることはなかった。寧ろ幼いAに毒すぎる言葉を吐いた。

「独りで鍛錬なんて、お前には出来ない」

「っ、なんで、決めつけるのよ」

彼の言葉足らずはこの頃から変わらない。小さなAは、赤くなった瞳でシルバーを睨みつけていた。

「お前は弱い。肉体的にも、精神的にも。そうやって何からも逃げ回っていたら何れ行き先を見失うだけだ。精神的に未熟な今、判断することじゃない」

Aはゾッとした。シルバーはまだ齢九つの少年だ。当時の自分は気付かなかったが聡すぎやしないだろうか。
二人のやりとりを影場から覗いていたAの顔からは血の気が引いてふらふらと後ずさった。しかし、シルバーから目を離すことはなかった。