31 ページ31
無知とは罪である。
それはとある哲学者が編み出した言葉だった。それは無知が故に起こる罪を差し、無知そのものに起因するがため。
知とは空虚である。これも同じ人物が発した言葉だった。ただ知っているだけでは何にもならない。全てを知っているということは、全てに無関心ともいえる。
英知とは英雄である。
知るべきを知り、無知を恥じ、その知を人のために使うなら。それは英雄と同じこと。
蛇が語ったその言葉を聞いた時、自分の父は何なのだろうと思った。多分英知のはずなのに、蛇の横顔を見ているとそうは思えなかった。
今なら蛇の気持ちがよく分かる。
「私、ね」
波打ち際を靴のまま歩く彼女に波が襲い掛かる。上等な白いパンプスが濡れて泥を被った。ウィスとビルスを背後に、彼女は光玉を見上げた。
「何も知らないから、何もないままでよかった。でも、今、は…少し、知り過ぎたかもしれない」
「例えば？」
ビルスの言葉にAは少し困ったように笑った。
「人は争い、いつか滅ぶもの。とか。美味しい食べ物は美味しくなくなる時が来る。とか…なんだっけ、諸行無常…？だっけ。蛇が言ってた」
「難しい言葉をご存知ですね」
「えへ。でもこれって、エデンには無いの。エデンはずっとエデンのまま。人々が望む楽園。アダムのエバも、きっと、今は死んでる、かも」
ヤドカリを摘まみ上げ、彼女は掌で転がした。
「2人のこと、穢したのは私だ」
ヤドカリを逃がし、彼女はくすくすと笑った。光玉はずっとそこにある。
「善悪を知ることは罪なんだって。善悪って、良い事と悪い事。知恵はたぶん、それが分かるってこと。どうしてそれが罪になるのかな。蛇はそんなに悪いことをしたのかな。私って、悪い子？」
「センチメンタルなところ悪いんだけどさ、帰るならさっさと帰りなよ。地球が壊されちゃ困るんだけど」
「それも、そう、だねぇ」
光玉から2体の鳩が飛び出し、それが天使の姿に変わる。Aの脇に立って、無表情で二人を見つめていた。
「じゃあ、元気で」
「…先ほどの質問なんですが」
背を向けたAがまた振り返る。
「私はあなたが悪い子だとは思いません。ビルス様の方がよっぽどお行儀が悪くて寝汚くて悪い子です」
「おい」
「善悪そのものは罪ではありません。私はあくまで中立の立場ですが、世の中は良いことに溢れているほうがいいと思います。そして、それを知るということは、罪を逃れる術を知ってしまうということです」
「…そっか。なら、私、ちゃんと罪を受け入れる、しなきゃね」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 29人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
メルト(プロフ) - どでぃさん» ありがとうございます！本当はスパヒ始まる頃に終わらせておくつもりでした！無理でした！ (2022年7月28日 22時) (
レス) id: 465e22fbd6 (このIDを非表示/違反報告)
どでぃ - 面白いです！すっごい続き気になってます、更新頑張ってください。 (2022年7月28日 11時) (レス) @page49 id: 8e1c6e0d2a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：メルト | 作成日時：2022年5月3日 0時
