一緒に頑張ろう ページ10
side.MH
「ヌナ、わ、ハングル書いてるんだね」
『(こくん)』
珍しく誰もいないリビングで、一生懸命机に向かっているヌナの後ろ姿に声をかけた。
手元を覗き込むとそこにあったのは子ども用のハングル練習帳で、女の子らしい丸みを帯びた文字が並んでいた。
「可愛い字だね」と言うと、むむ？っとした表情で自分の字と俺の顔を交互に見るヌナに思わず笑みが溢れる。
あまり邪魔をしてはいけないと思い自室に戻ろうとすると、ぽすぽすと隣の椅子を軽く叩いて、まるで『隣に座って』と言ってくれているようなその行動に「いいの？」と聞くと笑顔で頷いてくれた。
お邪魔しますと椅子を近づけて腰掛けると、ヌナは練習帳に書いてある文字を指さした。
『みんはお』
「、うん、なぁにAヌナ」
『これ、みたこと、ある？』
「
『(こくり)』
「も、…っうん、あるよ、黄色いお花だね、」
『わたしも、ほん、でみたよ』
勿論と言いかけた言葉を咄嗟に飲み込んだ。
どこにでも咲いているこの花だけれど、ヌナにとってはまだ、本の世界でしか見たことのない花。
どうやら同じものを知っているという事実が嬉しいようで、にこにこと微笑むヌナに胸が痛んだ。
外出が許されるようになったら、その目で沢山のものを見て、触れて、感じて欲しい。そして願わくば、その瞬間にヌナのそばにいたいと思う。
「いつか見に行こう、」と声をかけようとした時、ヌナは先ほど書いた
『あって、る？』
「黄色い、花…うん…！合ってるよ…！」
『ふふ、みんはおは、すごいねえ』
「え？」
『わたし、ずっと、韓国いる、のに…わからない、だらけ』
「ヌナ、」
『みんはお、たくさん、えらいねえ』
「…っ」
『みんはお、がんばる。わたしも、がんばれる、よ』
僕だってちゃんと韓国語が話せるわけじゃない。でも、当たり前のように母国語が話せる事。受け入れられる文化がある事。それ自体が既に恵まれている事だと気付かされた。
いいこ、と頭を撫でてくれる一つ年上の、まだ何も知らない赤ちゃんみたいなヌナ。
不安な事も沢山あるはずなのに、異国の地で不安定な僕の心に優しく寄り添ってくれた、大切なヌナ。
これから先どこにいようと、どんな事があろうとヌナを護れる男になる。そう心に誓った日だった。
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作者名：さくらんぼ | 作成日時：2023年10月29日 19時
