名前を呼ぶよ ページ6
side.HS
代表に、あの時劇団にいた女の子をここで生活させたいと言われた時、不思議と嫌な気持ちにはならなかったし、驚きもしなかった。
心のどこかで、また会える。そう思っていた。
あの場所にいたメンバー全員が、あまりにもショッキングなものを見た。心に傷を負った。
そして俺は、そんな気持ちとは裏腹に、永遠にこの歪で美しいパフォーマンスを見ていたい、とも思った。
「無理に仲良くしろとは言わないが、お前達と同い年だから、どうか味方になってやって欲しい」事前にそう聞かされてはいたものの、2度目に会ったその女の子はあまりにも痩せ細っていて、同い年ということが信じられなかった。
あの時のパフォーマンスが脳裏に蘇る。この細い体でどうやって綱の上でバランスを取っていたのだろう。
「何かあったら連絡するように」と言い残して宿舎を出て行った代表。俯きがちに目を泳がせながら、どうしたら良いのかわからないと困ったような顔をしている目の前の小さな女の子を見て、護りたい。そう思った。
「俺、スニョン！同い年なんだって、よろしく！」
『………！』
ぺこ………！と深く下げたままいつまでも終わらないお辞儀を慌ててやめさせる。
「敬語も使わなくていいから、わかんないことあったらなんでも聞いて！」
『……(こくり)』
「えっと…うまく喋れないんだよね、大丈夫！俺ジェスチャーゲーム得意だからさ！」
『………』
ぱちぱちと瞬きをしたあと、ほんの少し口元を綻ばせたその子は俺を見上げて、口を動かしながらはくはくと空気を薄くはきだしている。
───話そうとしてくれているんだ。
がんばれ、がんばれ…！俺は心の中で一生懸命そう叫んだ。
すると、本当に小さな声がぽつり、と喉を震わせた。
『……A、っ』
「……っ」
話せたじゃん！！と言おうとした時、声を出した本人がすごく驚いた顔をしていて、咄嗟にその言葉を飲み込んだ。
胸の前でぎゅっと手を握りしめて、今の気持ちを噛み締めるような表情をしたAに、思わず涙が溢れそうになった。
「A、」
『……っ』
「Aって、呼んでもいい…？」
名前を呼んだ瞬間、大きな瞳からぽろりと涙が溢れ落ちた。まるでずいぶん長い間、その名前で呼ばれていなかったかのように。
さっきとは違い大きく頷いたAに、もう堪えることは出来ないと涙を流した。
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作者名：さくらんぼ | 作成日時：2023年10月29日 19時
