私たちに愛はない【灰谷蘭】

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ちらりと様子を伺うように、後ろを振り向いた。





恐る恐る、でも、早く確かめたくて、その人を見た。








目が合った。






その人は確かに、私を見てた。







最後に見た彼と同じ、整った顔、驚いて、丸くなったタレ目。








目が合った途端、心が、弱って、でも、隣にいる女性の心配そうな表情に正気に戻って、逃げた。








いけない。






あの人の、灰谷蘭の隣は、私じゃない。







走っちゃダメなことくらいわかっていたけど、ロビーを駆け抜けた。





おい！と追いかけてきたのがわかる。





離婚届を置くだけ置いて逃げたことに、怒ったのかも。







彼女はどうしたのか、分からないけど、足の速さで勝てるわけない。





ホテルのルームは3階、エレベーターを待ってたら絶対に掴まる。







過去で一番速く走ったと思う。




だけど、あと少しで3階というところの階段の踊り場で、腕を掴まれた。







｢おい｣






久しぶりに聞く声には、焦りと、怒りと、優しさ。






どうしてそんな風に私を呼ぶのか、どうして追いかけてきたのか。




やっぱりこの人は、分からない。









｢離して･･･っ｣



｢おいこら、こっち向け｣



｢や･･･っ｣







ただでさえ顔はボロボロだし、体が傷だらけなのに走ったせいで痛すぎる。





今日は、本当に、最悪だ。







今優しくされたら、勘違いしてしまう。




今その手で触れられたら、泣きついてしまう。






貴方の中の私が面倒くさい女だと、思われたくない。










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