4 あの日-1- ページ6
昭和十二年、冬。
夜になり本格的に寒くなってきた頃、朝比奈はある路地を歩きながら少し前の出来事を思い出していた。
(今日は厄日かな…)
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朝比奈の両親は、物心つく前に他界し幼い頃は祖母に育てられた。やがて祖母が亡くなると親戚に預けられたが、なかなか馴染めず親戚から近所の老夫婦、さらには孤児院へと、様々な場所を転々とした。
そうした環境だったためか、朝比奈は大人の顔色を伺うようになり、いつしか相手の思考を読み取るのが得意になった。
大人になった朝比奈は、孤児院を出て一人暮らしをしていたがお金には困っていなかった。
収入源は主に家政婦によるもので、そこそこ身分の高い家の掃除等の家事に加え、時々チェス好きの主人に誘われチェスをしていた。
始めこそ、ルールも知らなかったが今では主人と互角にーーいや、実際朝比奈がその気になれば全勝することが出来るが、''わざと''ミスをしたり、術中にはまった様な''振り''をして、時々負けていた。
「チェック」
初めのうちは手加減は良くない、手加減されていると知れば、機嫌を損ねる。と思っていたのだが、主人の家の事や性格を知るうちに、わざとでも、負けるのが良策だと思えた。
主人は悪く言えば、''あまり努力をして来なかった''人だ。親の築いた地位にするりと滑り込み、のうのうと暮らしている。
経営している印刷会社も形式上主人のものだが未だに両親が支えている。
「チェックメイト!私の勝ちだな。」
また主人の性格上、朝比奈にチェスで適わないと分かれば、途端に誘ってこなくなるだろう。自分は常に相手より上位にいたいのだ。かと言って朝比奈が弱過ぎてゲームが面白くなくても、誘ってこないだろう。そこで朝比奈は''そこそこ強いが主人には適わない家政婦''を演じていたのだ。
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作者名:どんぶり太郎 | 作成日時:2017年3月4日 23時