第四十五話「違う倖せ」 ページ45
｢貴女は……｣
不意に魔人が口を開いた｡
｢何故､そこまで赤の他人に尽くすのですか｣
彼の瞳は何かを理解できないという色｡
私はそんな彼に向かって笑い掛ける｡
『人の倖せを願って何が悪い？』
｢……｣
母は云った｡
───人の笑顔を見ると私のやっていることは無駄じゃないのね､と思うの｡
父は云った｡
───人の命を守ると俺はまだ生きていていいんだな､って思うんだ｡
そして二人は口を揃えて云った｡
『────それが私の生きる意味だから』
母のような人を救ける素晴らしい医者｡
父のような人を守る素晴らしい警察官｡
そんなふたりの背中を見てきた私は自然と“人の倖せは自分の倖せ”なのだと思うようになった｡
『だから私はこの子の為に生きるって……倖せを手に入れるって決めたの』
人の倖せを願わない奴が倖せになるなんて思わない｡
これは“この子”の為であって私の為でもあるのだ｡
｢成る程､それはとても興味深いです｣
魔人は私の熱意に納得したのか満足そうに笑った｡
｢それでは改めてお聞きします｡貴女の求める倖せとは？｣
『そんなの決まってる｡
───“父親に愛されて平凡に生きる”こと｡
私がそれを叶えてみせる』
まぁ､マフィアにいる時点で平凡もなにも無いが｡
けれどこの子はこんな異能さえなければ､普通の女の子だったのだ｡
魔人は目を伏せて黙っていた｡
『……他になにかある？』
｢その倖せは貴女ではなく､彼女の倖せでしょう？｣
『……そう､だけど､この子の倖せが私の倖せでもある』
｢本当にそうでしょうか｣
彼の言葉に私は口を閉じる｡
魔人は一歩ずつ私に近付いてくる｡
｢貴女は突然､この世界で目覚めて元の彼女の倖せを叶えようとしている｡
では貴女は？何も関係のなかった貴女は何故自分の人生を犠牲にしてまで彼女に成り代わるんですか｣
『……だからそれが』
｢貴女の生きる意味？本当にそうでしょうか？
だって貴女はこの世界に来なければ違う倖せを求めていたでしょうに｣
その言葉に唇を噛む｡
抑も誰の所為で私がここに来たと思ってるの？
貴方がこの子に変な誘惑なんてしなければこの子も私も明るい未来を歩けていたのかもしれないのに｡
『それは貴方が云う義理はありませんね？
話はそれだけですか？ならば私は帰ります』
これ以上､彼と居ては埒が明かない｡
私は来た道を引き返した｡
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作者名：らしろ | 作成日時：2020年7月20日 0時
