鍛錬の手伝いの段(文次郎視点) ページ17
「本当に寝入るとは…」
座位のまま寝るのかと思っていたが、まさか自分を床代わりにして仰向けで寝るとは思いもよらなかった。
背中越しにAの規則的な呼吸を感じる。背中にあった負荷が全身に分散したので腕が軽くなる。
“奴を信用したフリをする。警戒は解かない”
昨日寝る前に仙蔵が言っていた。アイツにしちゃやけに早く仲良くなるもんだと思っていたらそう言う事だった。
「おいA、起きろ」
「……スゥ……スゥ」
だが仙蔵、少なくともコイツは忍ではない。敵地で寝入って呼び掛けにも反応せぬ者がいるか?
緊張感が無さすぎて間者とは到底思えない。そこまで計算ずくだとしたら天晴れだがな。
昨日の未来から来たという話は突飛だが矛盾はない。一応筋は通っているし、現実的に小松田さんに見つからずに学園内に新入し、滝夜叉丸の目に止まらぬ速さで落とし穴に落ちる事など不可能だろう。
Aの言っていた事が全て真実と仮定すれば、時代を超えて飛ばされるなど心底気の毒だ。伊作の言葉を借りれば不運も不運。自分がそうなったらと考えるとゾッとする。
しかし落ちる場所が忍術学園内の綾部の掘った穴で不幸中の幸いだ。どこぞの城内や戦場であれば恐らく既に命は無かっただろう。
って、どうして俺はコイツに対してこんなに甘いんだろうか。忍者たるもの気を抜かずに冷酷でいなければならぬと言うのに。コイツが緊張感なく背中で寝そべっているせいか。
集中出来んな。鍛錬は終了して会計委員会の処理をして一旦思考を入れ替えるか。
「おい、もう鍛錬を終わるから起きろ」
「…………スゥ」
「おい!!」
「…スゥ………スゥ」
起きない!信じられねえ!!人の背中の上で深い眠りに落ちてやがる!!
「もう落とすぞ!」
片肘だけ立てるとドサッと音がして久しぶりに背中に風が通った。
「……………痛い」
こちらをジト目で見るAは顔から落ちたようで、鼻血が一筋。
「何度呼んでも起きねえからだ。鼻血出てるから上向いとけ」
「はいその知識古いー!鼻血が出た時は鼻を軽く摘んでやや下を向くのが正解でーす!上を向くと胃の腑に流れ落ちて人によっては気持ち悪くなりまーす」
「はいそうかい。綿詰めとくか?」
「それもダメでーす!綿を取った際に傷口で固まった血が一緒に剥がれて再度出血してしまう恐れがあるからでーす」
「そうか…。また伊作に教えてやってくれ」
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年7月31日 17時