清八の傷の段 ページ5
「ブヒヒヒヒィィイ!!」
大きな嘶きと共に厩舎を飛び出していった。すると遠くから「馬が逃げたぞー!」と馬借さんが叫ぶ声がした。
「チッ」
雑渡昆奈門は瞬きの間に去った。
清八さんの手がようやく緩んだと思えば、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「清八さ……ん……!?」
清八さんの右大腿には
「はは。心配ありません、ちょっと腰が抜けて。傷も蹄が当たって少し切れただけですから」
「ごめんなさい…わ、私のせいで…」
「コレステロールを放ったのは私です。
それより、Aさんが連れ去られなくて、本当に良かった……」
まるで愛馬を慈しむように私の頬を撫でる。また大粒の涙が一粒溢れて、清八さんの指先を濡らした。
「あっ、清八!お前大丈夫か!?」
コレステロールは馬借さん達によって無事連れ戻されたようだ。良かった、親方の愛馬だから…。
「あはは、大丈夫です。コレステロールのこと、すみません」
「清八は怪我してるし、Aさんは泣いてるし、一体何があった!?」
「わ、私が──」
事情を話そうとすると、清八さんは唐突に私を抱き締めた。
「すみません。私がコレステロールの前であんな事をしようとしたばかりに危険な目に遭わせてしまいました。コレステロールはAさんの事を気に入っているって知っていたのに、妬かせるような事…」
「あ…あんな事!?」
「実は私達、縁談は一旦忘れてお友達から仲良くしましょうって事になり、お近づきの印に私があんな事をしようとしてうっかり枷を落としてしまい、コレステロールに一発蹴られ、それに驚いたAさんが泣いてしまった…という訳です」
「あんな事って何だよ!?」
「それを聞くのは野暮ですよ〜」
へらりと笑うと、馬借さん達は盛大な溜息をついた。
「全く。気を付けろよ!」
「とりあえず、清八の家で手当てするぞ」
雑渡昆奈門を追い払うために怪我を負った清八さん。
私がタソガレドキに攫われそうになったと露見しては、未来人であることを話さねばならなくなる。それを防ぐために【手を出そうとしてコレステロールを怒らせ、うっかり傷を負った】という不名誉を被ったのだ。
更に私達が【お友達から】という関係に落ち着いたと話した。これなら落胆させることも過度に期待させることもない。清八さんはこれだけのことを咄嗟に考えたのだ。
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年10月11日 16時