其の肆 ページ40
照星さんの扇子を頂いた。
新品を買って頂くのもいいが、照星さんの私物のほうが何だかご利益がありそうだと思った。狙撃の名手だから、何かのくじが当たったり、勝負運が上がったり?
変人だと思われたけどそれでもいい。
早速良いことがあった。困ったことがあったら助けてくれると言うのだ。味方は多いに越したことはない。
「何かあったら頼らせて頂きますね!」
戯れに扇子を火縄銃に見立てて、離れたところにある立て札を狙った。
「空気抵抗で弾丸の速度は落ち、弧を描いて着弾する。故に遠くのものを狙う時、
照星さんは私の背後から私の手に自身の手を添えて、扇子の先をクイと上へ向けた。
「静かに息を吐き、十秒以内に照準を定めるのだ」
私の戯れにも付き合ってくださる優しい人だ。きっとこういうところが虎若君や三木に敬愛される理由でもあるのだろう。
手に添えられていた照星さんの一回り大きく熱い手が私の前腕を滑った。
「だいぶ身体が冷えているな。今風邪を引くと忍術学園に戻れなくなる。早く帰ろう」
「…はい!」
馬上で照星さんは右手に手綱を握り、左手で私を温めようと背後から抱き締めた。身体は冷えているのに顔だけが火が出ているように熱を持った。時折、硝煙の匂いが鼻を掠めていくけれど、それすら甘美なお香の香りのように思えてくる。
今日半日で照星さんの印象ががらりと変わった。まるで夢を見ているようだ。今どうして私は抱き締められているんだろう?照星さんは何を考えているんだろう?思考が追いつかない。ただ、嫌な気はしない。
「もう少し凭れろ。背中が冷えるぞ」
「これ以上はさすがにまずいですよ…!」
「何がまずい?」
ぐっと後ろに引っ張られる。照星さんの胸は思った以上に温かくて、私の冷えた背中が溶けるようにじんわり温かくなる。
「だって…。良いんでしょうか…こんなにくっついて」
「嫌か?」
「奥様に見られたら何と弁解すべきか…」
「誰のだ」
「照星さんの…」
「私は独身だが?」
「ほえっ!?そうなんですかっ!?」
「そうだ。まさかそんな事を気にしていたのか?」
「ええ、少しは」
「フッ…。ならば何も気にしなくて良くなったな」
耳元で囁かれて脳髄が痺れた。のぼせてしまいそう。本当に何も気にしなくていいのかな?
佐武村に到着するまで、私は暫し考える事をやめた。
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年10月11日 16時