其の参(照星視点) ページ39
「そんな髪型をしてらしたんですね」
Aは私の髪に興味を示した。前髪一部を除き、全て後ろへ引っ詰めて一つに結ってあるだけなのだが、物珍しそうにしげしげと眺める。
「これが一番狙撃の邪魔にならんのだ」
「なるほど。素敵な髪型ですね」
「合理的の間違いだろう」
「いえいえ。特にこめかみの
「……あまり見るな」
水気を絞って再び頭巾を巻くと、ああ…と残念そうな声を上げた。この髪の何がいいのだ、変わった娘だ。
「しかし参ったな。こう濡れていては扇子屋に入るのは憚られる」
「はい。諦めて佐武村へ帰りましょう」
Aはほんの少しだが、残念そうな顔をしたように見えた。
「仕切り直しだ。明日また行こう」
「いえ、もう良いんですよ」
「そういう訳にはいかん。一度した約束を反故にしては私の信念に反する」
Aは少し考えてから私の袴紐に差していた扇子を指差した。
「では、照星さんの扇子をください」
「扇子くらい安いものだ。遠慮するな」
「遠慮はしていません。これをください」
もう一度扇子を取り出してみせた。どうもこの扇子が気に入ったようだが、女子が好むような柄が入っている訳でもなく、匂いも染み付いたもの。一体どうしてこんなものが欲しいのか?
「ありがとうございます!大切にしますね!」
「若太夫や田村君ならまだしも、使い古しの男物を欲しがるなんて、君も相当変わっているな…」
「ああ、そうですね。あの二人ならきっと欲しがりますね!私が未来へ帰る時にはどちらかに託すことにします」
切ない顔をして笑った。
まるで指のささくれが痛むように、僅かに胸がちくりとした。
「…帰るのか?」
「いやぁ、帰り方もよく分かってないんですけどね!
でも落とし穴に落ちて一日だけ未来へ飛ばされたり、兵庫水軍で別の海賊から死に至るような暴行を受けたのにすっかり回復したり、不思議なことが起こっているので唐突に未来へ戻されることもあるかもしれません。案外さっきの場所の滝壺なんかも未来へ繋がっていたりするかもしれませんね!」
「帰りたいと思うか?」
「いえ、もう今更。この時代にはたくさんの大切なものができました!私はここで生きていきたいです!」
生き生きと話すAの姿に、この笑顔と居場所を守ってやりたいと素直に思った。
「もし、何か困ったことがあったら私を訪ねて来なさい。最大限力になろう」
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年10月11日 16時