驟雨と扇子の段(照星視点) ページ37
冷静に考えると、未来から来た身寄りのない無実の娘を押し倒して衣服を乱したのだ。償いが団子三本で足りる筈がない。
何か他の詫びを考えないと。私は借りを作ったままではいたくない性分なのだ。
「照星さんも顔が赤いですよ。色白だから目立ってしまいますねぇ」
「…重ね重ね、君には済まない事をした。……その、肉を付けた方がいいと言ったのは、単に私の好みの話であり、別に貧相だと思った訳ではない。気にするな……」
「…………。」
口をぽかんと開けて私の顔を見て固まった。そののち、吹き出してしまった。
「ふふっ…! あははははっ!」
「ど、どうしたのかね…」
「いやぁ、まさかそんな言葉が飛び出すとは思いもよらず…!意外と可愛いところもあるんですね!」
「大人を揶揄うのはよしなさい」
「はぁー。笑い過ぎて暑い」
ひとしきり笑った後、手のひらで顔を扇いでいる。
私は懐から扇子を取り出してAへ差し出した。
「使うか?」
「ありがとうございます、お借りします」
Aは扇子で何度か扇ぐと、首を傾げてすんと匂いを嗅いだ。
「霞扇の術じゃないですよね!?」
「まさか。もう私は君をどうこうするつもりはない。
異臭がしたなら硝煙の匂いが染み付いているのだろう」
「照星さんの匂いがします」
「………、使わないなら返しなさい」
「使わせて頂きますっ!」
一刻前まで敵対していたとは思えないやり取りだ。
未来人だとする確証も、くノ一でない証拠も何もないが、とにかく敵ではないと感じた。理屈ではない。これを第六感覚とでも言うのだろうか。
それに加えて忍術学園での処遇。仮にAが優秀なくノ一だったとて、同じ生業の者達を悉く懐柔するのも現実的にはかなり難しいだろう。忍術学園の先生方が何も言わずに学園内に置き、生徒の実家へ滞在させるという事は、少なくともAが危険な人物でないと判断されているからだ。
「難しい顔されてますけど、まだ私のこと疑ってます?」
貸してやった扇子で顔面に強く風を送ってきた。
「やめなさい、目が乾く」
「ふふふふふ」
「君はそんなに悪戯っ子だったのかね?」
「いえ。今まで照星さんと仲良くできなかった反動です」
扇子で遊ぶAを見てふと思った。まだ残暑も厳しいからAに扇子を買ってやろう。
「扇子を持っていないなら贈ってやる」
「え……いいんですか?」
58人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年10月11日 16時