其の弍(利吉視点) ページ41
美しさに息を呑むとはこの事か。
瑠璃紺と藍色の組み合わせが上手くAさんの美しさをより引き立てているようだ。更に雪花絞りが華やかさも加えている。
Aさんがはにかんで訊ねる。
「どうでしょう?」
「ええ…いいと思います」
いつもなら褒め言葉くらいサラッと言えるのに、何故か今日は口が回らないようだ。
何だ、いいと思いますって。ふわっとしすぎだろう。褒めるなら何がどういいかを言わなきゃだろう。
口に加えてなかなか回らない頭を回転させていると、“いいと思います”だけで満足したらしいAさんが良かったと一言呟いた。
「小袖を仕立てて贈ってくれるなんて、優しい恋人さんですねぇ!」
お針子さんがAさんの背を軽く叩いて冷やかす。するとAさんは私の左腕に自身の手を添えてにっこりと微笑み、
「はい!自慢の恋人です!」
と答えた。
思った以上に恋人のふりが上手くて驚いた。
◆
「あの、利平さん。今日は一段と注目されてません?」
「そうですね…」
せっかくなので新しい小袖を着ていきたいと言うので、古い小袖は風呂敷に包んで町歩きしていると、町民の視線を一身に浴びている。
「Aさんが素敵だから皆が振り返りますね」
「え?皆さん利平さんを見ているんですよ?自覚無いんですか?」
「いや、それはこっちの台詞。視線を感じるようになったのは着替えてからでしょう?」
「う…。それじゃあ小袖が私に似合っていないとか」
「そう言えば、今だから言いますけど、この小袖は似合っていませんでした」
私のお下がりを入れた風呂敷を揺さぶった。
「はぁ…やっぱり似合わなかったんですね。三郎にも言われたんですよ。せっかく頂いたのに着こなせずすみません」
「そんな事気にしなくても。今着ている小袖はとっても似合っていますよ。Aさんの良さが引き立てられていて魅力的です」
Aさんの腕をとって絞りの柄をまじまじと見ると、ぱっと手を引っ込めた。
「どうし………!?」
彼女は何故か顔を赤らめていた。
「ひ、人が見てますから…」
え、何それ…
さっき店主の前で私の腕に触れたじゃないか?
どうして急に、と不思議に思ったが、何だかその顔を見ているともう少し揶揄いたくなってくる。
「そんなに恥ずかしがらなくても」
肩を抱いて耳元で囁くとびくん!と肩を震わせて、視線から逃げるように私の腕を取って路地裏まで走った。
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年8月13日 9時