昨晩の出来事の段 ページ32
遡ること四刻──
厠へ行った後、夜間護衛当番の仙蔵と文次郎君の部屋へ行こうとしていた時だった。
「やあ、Aちゃん。昨日振り」
突然、背の高い男が眼前に立ちはだかった。
その声を聞くのは三度目だが、初めて月明かりに照らされて姿がよく見えた。顔に包帯を巻いた隻眼の男だ。
「んぐっ!?」
背後から何者かに手で口を押さえられ、声が出せない。
更に眼前の曲者は口布の上に人差し指を立てて「シー」の身振りをするが、その手には棒手裏剣が怪しく黒光りする。
「連れ去りじゃない。少し話したくてね…場所を変えよう。因みに声を出したら、分かるね?」
背後の曲者がそっと口から手を外す。私が何も声を発しないことを確認すると、曲者は私を抱えて走り出す。
裏門を出た先にある、仕掛け罠の練習場の森へ来た。
門外に出たというのに、辺りを見回してみても小松田さんの姿はない。
「ああ、門番の彼なら今頃強い眠気に襲われているかもね」
「何を…!?」
「大丈夫、一時的に眠くなるだけ。あと二刻もすればすっかり眠気も抜けるよ」
小松田さんもそうだけど、教師陣も気付かないなんて…。
「…さて。昨晩は申し訳ない事をした。少し戯れが過ぎてしまったと反省している」
「そう思っているなら金輪際関わらないで下さい」
「それとこれは別なんだよねぇ…私はやはり君が欲しい。
だけどどうしても此処を離れたくないと言うなら、交換条件をのんでくれたら君の事は諦めるよ」
「…どうせ、碌でもない条件ですよね」
「まあそう言わずに聞くだけ聞いてよ」
懐から白い小瓶を出した。中には粉末が少量入っているようだ。
「この瓶の中身を先生か六年生のうち、誰か一人に服用させて欲しい。隙を見て飲食物に混ぜるんだ。
他言は無用、この事を知った忍たまは消す」
「瓶の中身は…?」
「聞かない方が身の為だと思うけど」
十中八九、毒薬だろう。
「お断りします」
「そうか。それなら一緒に来て貰うよ」
「嫌です!そもそもどうして私なんかを連れて行こうとするんですか!?」
曲者は歩み寄り、私の顎をクイと上げる。私が
「君はもう少し自分の価値を分かった方がいい。
知っている事を話してくれれば城一つ…いや、国一つを救うかもしれないんだから。君を欲しがらない方がおかしい」
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作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年8月13日 9時