明らかな拒絶の段(仙蔵視点) ページ31
お互いの表情も容易く視認できるほど空が白んできた頃、またしてもAが魘される声を聞く。
脚は出るわ帯は緩むわ、袷はぐちゃぐちゃでとにかく酷い有様だ。私でなければ手を出す忍たまもいたかもしれない。
掛け布団は暑かったのか壁側に剥いであったが、初夏とはいえ朝方はまだ少し冷えるので、そっと掛け直してやる。
「ん…」
やはり暑かったのか、暫くすれば眉根を寄せてまた布団を足蹴にする。
(まるで子供みたいだ)
顔にかかった髪を指で掬って耳に掛けてやると、身体を強張らせて勢いよく飛び起き、立ち上がって私との距離を取った。
予想外の反応に思わず文次郎の方を見るが、早朝鍛錬に出ているのか不在だった。
「すまない、それほど驚かせてしまうとは。配慮が足りなかった」
「いや、ううん、全然大丈夫」
そうは言うが、身体は震えているようだ。
「大丈夫ではなさそうだが」
「大丈夫だってば…自分の部屋じゃなくてびっくりしただけだから」
思えば昨日の夜から違和感があった。
一昨日にAに懺悔した後、私達は蟠りなく和解できたと少なくとも私はそう思っている。だが昨日はどうだ?入室時から緊張し、私が触れる度に怯えたような態度だ。
「曲者かと思わせてしまったか?」
「そんな事ないよ!仙蔵は心配性だなぁ。変なの!」
変なのはAの方だ。何もないと言いながら肩を竦め、爪先は戸口の方を向いている。この場から逃避したい気持ちの表れだ。
「無理に笑わなくていい。何か気掛かりはあるか?」
「ううん」
「私の事が信用できないか?二人きりだと居た堪れないか?」
「そんな事ないって!仙蔵言ってたでしょ、これからは私の言う事を信じるって。あれ嘘だったの?」
なかなか痛い所を突いてくる。
「…お前が、余りにも私を避けるからだな…」
そう伝えると態度は一転、慌てた顔で私に訴えかける。
「…不快な気持ちにさせてごめんなさい…!」
「不快などとは思っていない。ただお前がいつもの調子でないから心配なのだ」
「何があっても仙蔵の事は変わらず好きだよ」
会話が成立していない。どうやら詳細を語る気はないらしい。
何かに耐えているような顔で言うものだから、思わず顔に手を伸ばすが、Aはその手が触れるより前に後退った。
「……ごめん!でも仙蔵が心配することじゃないから!」
まるで私から逃げるように部屋を出て行った。その朝はもうAが帰って来る事はなかった。
62人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:玉虫厨子 | 作成日時:2023年8月13日 9時