其の弍（仙蔵視点） ページ30
文次郎はこちらに背を向けて早々に横になった。
ふと視線を感じると、Aが私をじっと見ている。
「私の事をそんなに見つめてどうした？」
「…あ、いや。髪が綺麗だなって」
「洗髪後に上質な椿油を付けて櫛で解くとこうなる」
「そっか、椿油…」
「Aは使っていないのか？」
「うん、何も」
「にしては美しい髪をしているな」
「そう？仙蔵に言われると嬉しい」
「向こうを向け。お前にも椿油を付けてやろう」
この提案は女子なら大抵喜ぶだろうが、Aは困ったように眉を下げて遠慮を見せる。
「私はいいよ別に…」
「何、有平糖の礼だ」
強引に前を向かせてAの髪に触れると、一瞬肩がびくんと揺れた。
「擽ったかったか？」
「っご、ごめん！何でもない」
「そうか？」
気を取り直して椿油を馴染ませてゆく。
背中や肩の筋肉が強張っているように見えるが、緊張しているのだろうか？昨日紅を点した時はこんな事は無かったが…。
しかし丁寧にに櫛を入れてゆけば、筋肉の強張りが徐々に解けていった。心地が良いのか、ひとつ欠伸をする。
「眠そうだな。もう寝るか？」
「うん」
相当眠いのだろう、口数の少なくなったAの頭をひと撫でして櫛をしまった。
Aの布団の掛け布団の端を捲ってやれば、猫のように丸まってそこに収まる。
「お休み」
「ありがとう。お休み、仙蔵」
灯りを吹き消して間もなく、Aの規則的な寝息が聞こえて来る。変に寝癖がつかないよう、頭の下に入り込んだ髪をそっと引き出して、いつも文次郎との間に立てておく衝立を私とAの布団の間に置くと、私もすぐ横になった。
「ん"ん…」
それからどれだけ時間が経ったかは分からないが、衝立の向こうからAのくぐもった声で目を覚ました。
「仙蔵も起きたか」
「ああ」
「…魘されているだけのようだ」
文次郎が起き上がって衝立の向こうを確認すると、また布団に戻った。
その時だった。
ガン、と大きな音が鳴ったかと思えば、衝立がこちらへ倒れてきて私の脳天に衝突した。
「仙蔵！」
「だ、大丈夫だ…」
どうやらAが蹴飛ばしたようだ。
「利吉さんはこれの事を言っていたのか…？」
「何の話だ？」
「いや、Aの寝相が悪いと言っていたのでな」
寝ている時なら顔面を強打していたかもしれない。衝立は危険だな、退けておこう…。
明らかな拒絶の段（仙蔵視点）→←六年い組の夜間護衛の段（文次郎視点）
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作者名：玉虫厨子 | 作成日時：2023年8月13日 9時
