夢を見るのは今夜で最後（過去編） ページ10
少しだけ幸せな最後の夜は、擽るような不安を肴に酔っていた(no-side)
＊＊＊
『明日の正午、政府の連中が監査に来るらしい。』
ある夕餉の席で、顔も上げずに男が放った言葉は、誰にも受け止められることなく箸が微かに触れ合う音がする室内に消えていった。
何時もだったらあの口元の黒子が特徴的なあの刀剣が何かしら反応を示すが、少し前から彼は不在であった。居るのに居ない、そんな曖昧な状態である。
しかし男は、物足りなさを不思議に思いながらも言葉を続ける。
『出陣は取りやめ、内番は予定通り行う。』
唯一の空席をチラリと見やった大和守安定は寒さに凍えそうだった。
食事に手をつけない鶴丸国永は、外の雪に溶けてしまいたかった。
男は、何故だか今日に限って穏やかだった。
宙を見つめながら、味の薄い煮物を咀嚼しながら。
明日と自分の何かに不安を抱きながら。
それでも何故だか穏やかだった。
刀剣たちはそれを嵐の前の静けさとしか思えなかったが、男からすれば心地よい切なさだった。
やっと何かから解放される気がして、切なくて切なくて、待ち遠しくも思えたし、この気持ちのまま消えてしまいたいとも思えた。
今ならどんな自分も愛せる気がするのに。
『……酒は。』
男の手の中の逆さにされた酒瓶から数滴、透明な、水のように薄められた酒が垂れる。
その滴るのが皿に叩きつけられるのを、何を考えているか判らぬ顔でただ見つめる者。
僅かに眉間に皺を寄せた者。
怯えを飲み込もうとする者。
誰も心を失っていなかった。
否定される度に、心を見つめ続けた。
けれど、眠ってしまいたいと脳に麻酔を求める男の、最後になるだろう望みに今、どう答えてやればいいか分からない。
誰もがこの夜を最後にするつもりだった。
男の悪意に従うのも、己の心を疑うのも。
刀剣の一振りがやっと酒を片手に立ち上がる。
それを正解と信じて。
どこか期待に胸を踊らせながら。
鶴だけが、仲間の不正解を見つめていた。
＿＿＿
伊織
蛙の子は蛙。
親が親なら子も子。
個性というものが同じ顔をした彼ら単体に本当にあるというのなら、それは顕現した審神者からの影響が大きいだろう。
理解の及ばぬものは異物。
否定は恐ろしい。
分かっているつもりで、頭ごなしに決めつけをしただけだった。
最後にするつもりだったこの夜は、新たな苦しみの日々へと繋がる。
そんなの誰も知らない。知らないでいい。
今日は安心しておやすみ、愛しい神さま。
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作者名：伊織（神様卒業） | 作成日時：2019年4月28日 23時
