偽物でも構わないから（過去編） ページ12
無知は罪。知り過ぎているのも又、罪なのだろう
(鶴丸side)
＊＊＊
『鶴丸さん、主はお酒が得意じゃないから、水でうんと薄めて出してね。』
『酒好きの奴らが主に酒を勧めても止めてあげて、平気そうな顔して直ぐにフラフラになっちゃう。』
まあ、そんな未来、来ないと思うけどね。
常と変わらぬ薄ら笑いで男の初期刀が言う。
白魚のように白い、よく手入れのされた指が乱れた前髪を掬い、隠されていた切れ長の瞳を晒す。
当たり前のように独占欲で塗りたくられた、赤い瞳を晒す。
牽制でもなんでもない。これがそいつにとっての当然なのだ。
『主、あんたも疲れてるだろう！さあ飲みなって！』
愛されているとはいいものだなあ、
次郎の明るい声を聞いて目を閉じる。
見せかけの太陽だ、あれは。恐ろしさを隠せていない。恐ろしいなら黙ってしまえばいいのだ、俺みたいに。
手を伸ばしても届かぬものに必死になる必要はないし、叫んでも響かないなら声を枯らす意味はない。
罪だと気が付かれないように、黙っていればいい。
俺は何一つ知らない無知な愚か者だ、それでいい。
再び目を開ければ、男は立ち上がっていた。
ふらりとおぼつかない足取りでどこぞに向かおうとする。その足が蹴ったものたちの中に男が使っていた酒器も含まれていたが、酒はほんの僅かしか入ってなかった。
ああ、呑んだのか、呑まれたのか。
『ちょっと、どうかしたのかい、主！』
愛されているとはいいものだなあ、
あれは見せ掛けの優しさだ、だって決して身体には触れようとしない。困っているのは顔だけだ。
『外に行きたいの？でもそんなフラフラで……』
愛されているとはいいものだなあ、
光坊が男の後ろについて行く。止めてはやらない。叱りもしない。そんな関係じゃないのだ、俺たちとあの男は。
愛されているとはいいものだなあ、加州。
俺は君が憎らしくて堪らないけど、同時に羨ましくもあるのだと、君が消えたこの夜に言い残しておこう。あの男がもう誰にも心から愛されることはないのだと、君は知っていたんだろう。
だから笑っていたんだろう。
愛することの出来なくなった俺たちと、君以外に愛されることのないアイツを、笑っていたんだろう。
愛なんて、お綺麗な言葉じゃない。あれは執着だ。けれど羨ましかった。陰鬱とした日々で、あれだけが本気で笑っていた。その異様さを眩しいとは思わなんだが、羨ましくて堪らなかった。
愛されたかった、愛したかった。
外が少し騒がしい。
作者『やべぇ、やる気でねえ。』→←喜びの再来を信じて（過去編）
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作者名：伊織（神様卒業） | 作成日時：2019年4月28日 23時
