花が折れた（ブラック本丸side） ページ2
人が憎かった。どうしようもなく人が憎かった。
どんなに愚かで浅はかでも、ただのもの言わぬ刀であった頃は呆れながらも愛しく思っていたのに、人の身に堕ちてしまった故か、今は憎しみしか抱かない。抱けない。
愛しかったものを憎むのはこれ以上なく哀しくて。
それから逃げるように視力と頭を悪くした。
俺たちが神であることを忘れたばかりか、そこらの人以下に扱った愚かで腐った人間も。
その人間を通報し自らの幼稚でただただ綺麗でしかない正義を振り翳し、薄汚れた俺たちに優越感に濡れた瞳を向けた人間も。
政府に命じられ、お下がりでしかないこの本丸に同情だけで微笑みながらやってきた人間も。
みんなみんな、同じ人間だ。
今、目の前でただ俯いて微動だにしないこの女も。
『信用出来ないね。』
『君たちは平気で嘘をつく。』
『俺達が神だってこと、忘れてるんじゃないか？』
人の子はいつも愚かで浅ましい。
簡単に善人になれるし、血にも染まれる。
神だなんだと持て囃して欲しかった訳じゃない。
けれど、じゃあどうやって人の子の特別になればよかったのだろう。生まれてしまった承認欲求を、どう満たしてやればよかったのだろう。
上手く笑えなくとも、自分の白い顔はそれでも綺麗で、人の子の目を奪う。それより幾分か日に焼けていた女の顔が、具合が悪くなったように青白い。
寒いのか、恐ろしいのか。
女の背後の開かれたままの襖から見えるはずの雪景色は、色とりどりの感情を宿らせた仲間の刀剣に遮られて見えない。
矢張り俺は眞白なのだと何度目かの頷きを落とす。
眞白、眞白。
前、後ろ、左右。
この場の全てから向けられる敵意や怯えの交じった視線に俯く青白い女を見ても、まっさらな気持ちのまま俺は動かない。
憎しみよりは幾分かマシだと思った。
女の膝の上でずっと固く握られていた拳からふと力が抜ける。何故か、花を踏みにじってしまった気持ちになった。
『先程提案して頂いた条件、慎んでお受け致します。』
随分丁寧に自分を取り繕った口調だ。
感じたのは優越感でもなんでもない、理不尽な反感。
『私は離れで生活させて頂き、出陣、手入れの権利は全て刀剣男士さまにお渡しします。』
力が抜けたままの両手が何度かピクリと跳ねる。
垂れた前髪が女の表情を隠す。
能力も家柄も何も特別じゃない、審神者の力を持ってしまったただの人の子。
最後に一等深く頭を下げたあと一度だけこちらを向いた瞳は、酷く傷つき、同時に諦めていた。
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作者名：伊織（神様卒業） | 作成日時：2019年4月28日 23時
