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振り返れば、不思議そうに私の顔を見る男の人が立っていた。すぅと私の頬から流れ落ちた涙を見てぎょっとしてこちらに駆け寄ってくる。
「ちょっ、ホントに大丈夫?」
「あ、すみません、っ」
「とりあえず上行こう」
私よりも大きい手が手首を掴んで引き上げてくれた。ふらつく足元に気をつけながら踏み込んだ小さな踊り場でしゃがみこんでしまう。知らない男の人にこんなに弱っている所を晒してしまうなんて今日はとんでもない厄日だ。名前を知られないように慌てて首に提げていた名札を膝で隠す。まさかこんなに自分が脆い人間だって気がつけなかったことに腹立たしい気持ちさえ沸き上がってくる。
意思と反してぽろぽろ溢れる涙を止めるための深呼吸も意味があるのかないのか、水上の魚みたいにはくはくと浅い呼吸しかできていなかった。ああ苦しい、恥ずかしい、消えて塵になってしまいたい
「おちついて、深呼吸だよ」
「やめてください、!」
丸まった私の背中をさする男の人の手が、じんわりと温もりを持っていて思わず振りほどいてしまう。男の人に触られることなんて人生においてそう多くなかったから、拒否反応を起こしたみたい。
そんな行動をした自分に酷く驚いて思わず顔を上げた。バランスを崩した男性はまた驚いていて水分量の多い大きな瞳がぐらぐら揺れている。太い眉を困ったように下げて、薄く水気のない唇からわずかに白い歯が見えた。明らかに傷ついています、とでも言いたげな表情に申し訳ない気持ちになってしまう。
「・・・す、みません」
「ううん、俺は大丈夫」
君は平気?と顔を近づけて私の顔を覗き込んでくる。その仕草がなぜかキスシーンを彷彿とさせて、近づいてくる男の人の顔を掌で拒んだ。
潰れた声とまた傷ついた子犬みたいな顔で私を見るからなんだか無性におかしくなって笑ってしまう。今度は訳がわからないと言いたげな恨めしい顔つきに変わって、本当に面白い人。
これが、私と吉澤くんとの出会い。
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‥(プロフ) - mm.さん» ありがとうございます。楽しんでいただけてとってもうれしいです* (2021年4月29日 18時) (レス) id: 2908e82d36 (このIDを非表示/違反報告)
mm. - 久しぶりにこころが震えました。他の作品とはまた違って私が求めていた世界観。最高です。続き楽しみにしてます。 (2021年2月25日 13時) (レス) id: 44e01e6971 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:mam | 作成日時:2021年1月26日 20時