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チケットに書かれた時間は16時。本来なら帰宅時間だったけどプレミアチケットを貰ってしまったんだから行くという選択肢しかなかった。
ぼさぼさになっているだろう髪を手ぐしで整えてから体育館に足を踏み入れる。受付の人にチケットを渡せば意外そうに面白そうにわたしの顔を覗く。たぶん宮近先輩が渡したチケットって向こうもわかるんだ、恥ずかしくなって受付横のカゴからパンフレットを一部ふんだくって、薄暗い体育館の席へ向かう。
並べられた教室の椅子の一番端に座る。周りの人は先輩ばかりで一年生はほとんどいない。靴袋の赤色が目立つようでちらちらと先輩の隣を通り過ぎる視線を感じる。わたしの場違い感が拭えず俯いていたらマイクの電源音が微かに聞こえる。はじまりの合図に顔を上げた。
クオリティの高い劇はわたしを飽きさせずに毎度その世界観に惹き込まれていく。最優秀賞を獲るとお菓子ダンボール二箱分というなんとも陳腐な賞品でも三年生からしたら随分魅力的な品物らしく、全力で挑んでいるようだった。
次は先輩のクラス。変な汗が掌に滲んで丸めたパンフレットを握りしめる。司会の口上も耳に入らずただ臙脂のカーテンの隙間から見える動き回る足を見ていた。重そうに開くカーテンの奥は暗闇、間もなくスポットライト。照らされた王子様は、宮近先輩だった。
真っ赤なナポレオンジャケットに胸元には華やかな真っ白ジャボ、スラッと落ちるストレートパンツ。
すごく、かっこよくて見惚れた。
「私は この国で一番の王子である
しかし、私はひとつ重大な過ちを犯してしまった
今からこの ナポレオン拳銃で自害するのだが
まあひとつ、私の身の上話でもさせてくれ」
一つひとつの言葉と視線の移動、身振りも全部王子様のようでぞわっと背中に何かが這い回る感覚がきもちわるかった。劇の内容は王子の重大な過ち、婚約者を王子の勘違いで斬り殺してしまうという話だった。剣道の技を使った剣術披露は素晴らしくて息をするのも忘れてしまいそうで。
暗転、そして間もなくスポットライト。
先程の光景と少し変わって、王子の近くには婚約者が血を流して倒れている。
「・・そんな話さ
なに、今すぐお前の向こうへ行くよ
それじゃあお元気で 」
ふいに目が合って、わたしに気付いた。
胸が 高鳴る。
「さよなら」
先輩は力なく笑う。
重い銃声がバン、と鳴った。
終了の合図とカーテンコールが響き渡る
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‥(プロフ) - mm.さん» ありがとうございます。楽しんでいただけてとってもうれしいです* (2021年4月29日 18時) (レス) id: 2908e82d36 (このIDを非表示/違反報告)
mm. - 久しぶりにこころが震えました。他の作品とはまた違って私が求めていた世界観。最高です。続き楽しみにしてます。 (2021年2月25日 13時) (レス) id: 44e01e6971 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:mam | 作成日時:2021年1月26日 20時